もう結構ですわ!

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01.婚約破棄をお受けします

 王宮の煌びやかな大広間で、婚約破棄を叫んだのは婚約者であるジョルジュ・ヴァロワだった。金髪碧眼、白馬の王子様と呼べる外見は整っている。数少ない取り得の顔を歪め、汚い言葉を吐く男に同意した。


「結構ですわ、お受けします」


「は?!」


 間抜けな声を上げる王子ジョルジュを見つめる。変な方ね、ご自分で婚約破棄を申し渡したのでしょうに。隣に立たせた女性はかしら。腰を抱いているその手、意味をご存じでなさっているなら感心しますわ。


 驚いた顔の王子を見上げ、私はゆったりと一礼した。こうしてご挨拶するのも最後になりますし、丁寧に王族として扱って差し上げますわ。


「ですから、婚約破棄をお受けいたします……と申しましたの。頭だけでなく耳もお悪いのですね、お大事になさってくださいませ」


 笑顔でぐさりと釘を刺し、私はくるりと背を向けた。後ろで聞き苦しい叫びが発せられるが、反応する義務もない。すっと手を差し出す銀髪の美丈夫に微笑み返し、彼のエスコートを受けた。淑女たるもの、一人で会場を歩くのは困りますもの。


 婚約を破棄されたお前なんか、キズモノで二度と結婚できないぞ。王宮にも上がれなくしてやる! と騒ぐのは私の従兄弟に当たる愚か者です。あれでもこの国の王子なのですよ。一応、第一王子の肩書きを持つが、王太子になれなかった。


 ええ、私との結婚が立太子の条件ですもの。王太子になる道は完全に閉ざされた。周囲の貴族の反応は二つに分かれる。ある程度内情を知る貴族家は、私に期待の眼差しを向けた。逆に情報に疎い家や下位貴族は困惑した様子だ。状況が理解できないのだろう。


 一部、私に対して失礼な振る舞いをする家も見受けられた。あれはオータン子爵家当主だったわね。こてりと首を傾げた私は、即座に貴族家の当主と家名を思い浮かべた。貴族名鑑を丸っと暗記したのも、こういった場面で役立つ。苦労した甲斐があったわ。


「軽く脅してやろうか、シャル」


「お兄様ったら、そんなことなさったら大人げないですわ。小さな小さなお家ですのよ、潰れてしまいます」


 大公家は王族の血を引く公爵家の上に立つ。別の国の王族であり、私の叔母に当たるセレスティーヌ様が王妃として嫁いだ。名門中の名門であり、現王家より歴史は古い。そんな我が家がラヴォワ王家の顔色を窺う必要などなかった。


 失礼な態度を取った小さな子爵家も、我がル・フォール家の傍流が許さないでしょう。滅びる未来が見えているのに、お兄様が直接手を下す理由はなかった。それ自体が一つの名誉になってしまう。くすくすと笑う私の様子に、お兄様は肩を竦めた。こうして無言で通じると、嬉しいわ。暗号みたい。


「いきましょう、お兄様」


 まだ壇上で騒ぐ王子とその恋人らしき女性を置き去りに、私は兄のエスコートで大広間を後にする。後ろに続くのは公爵家が一つ、侯爵家が三つ、伯爵家から後ろは数えきれなかった。家名に「ル・」の敬称を持つ小国の貴族だった方々だ。


 ごっそりと貴族の消えた大広間は、夜会が行われるとは思えないほど閑散としている。その広間に、王子の罵声が響き渡った。

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