最終話 別れ

 ──翌日、別れの日。


 俺は、アパートの食堂に使われている部屋で、エリーを待っている。


「王女さま、日比野さまにご挨拶を!」

「やだー、恥ずかしいよー」

「そんなこと仰らずに!」

「だって、あんだけしゅきしゅき言っちゃったんだよ?」

「あれは大爆笑でした王女さま」

「バカにしてるー」

「バカにはしておりません。小馬鹿にしてるだけです」

「余計悪いじゃんそれー」

「いいからはやく挨拶なさい!」

「ヒィイイイ、ルイのイジワル!」


 ──ぜーんぶ、丸聞こえなんだよなぁ。

 ほら、ボロアパートって壁が薄いから。


 あとキョウ姉ぇとかピンクちゃんとか田中一族とか、周囲の皆々様。

 俺に生温かい視線をこれでもかと送るのはご遠慮くださいマジで。


「ひぃちゃん、よかったな」


 なにが!?


「目測では、Fでしたよ」


 ピンクちゃん意味わからん!


「うう、私はGだぞ!」


 キョウ姉ぇまで何言ってんの!?

 てかGなの!?

 もう少し優しく接しておけば……って違う!


「日比野くん、お幸せにね」


 田中くんまでどうした!?


「まあ、国際結婚ねー」


 お母様、だまれ。


 隣の部屋が静かになって数分。

 俺たちのいる食堂のドアが開け放たれた。

 入って来たのは、昨日挨拶されたフォウさんを含む同じ服装の四人。そして、その後ろから現れたのは。


「この度の留学、皆さまには大変お世話になりました。このエルモアール・フォン・アルルフォード、ご恩は生涯忘れません」


 派手ではないけど、一目で高貴とわかるドレスを着た、エリー。

 頭を下げ、王女っぽい挨拶をつらつらと並べるエリーに、口がぽかんと開いてしまった。


「特に日比野さまにおかれましては、過分なご親切を賜り、誠に」


 ん?


「ま、こと、に……」


 エリーの足元の床に、ポタポタと滴が落ちる。


「ひぃぢゃん……帰りだぐないよぉ……」


 俺を見上げるエリーは、綺麗な顔をクシャクシャにして、涙も鼻水もよだれも流し放題。

 でも、これが俺の知るエリーなんだ。

 豪快で、変に思い切りが良くて、でも繊細で。

 優しくて、励ましてくれて、おっぱい大きくて。

 この子の笑顔のためなら、何でもやれる気がして。

 俺にとってのエリーは、そんな女の子なんだ。

 だから俺は、頭を下げる。

 王女エリーにではなく、四人の侍女さんたちに。


「お付きの方々にお願いがあります」

「日比野さまは王女殿下の命の恩人でございます。なんなりと」

「ありがとうございます。では五分だけ二人っきりにしてください」

「その願いは、叶えられませぬ」


 沈黙が食堂を支配する。

 やっぱり、無理か。


「ですが……」


 続けたのは、エリーの横に立つルイさんだ。


「五分間、私ども全員が石となることは出来ます。石となれば、その間に起こったことは把握できませぬ」


 さらに別の侍女さんが言葉を引き継ぐ。


「繰り返します。何が起ころうと、私どもには解りませぬ。くれぐれも、お忘れなき様」


 そして、ルイさんが合図すると、四人の侍女は部屋の四隅に散って、壁に向いた。


「さあ皆の者、石化用意、3、2、1、はい、今からわたしたちは石です!」

「「「「かちーん」」」」


 え、最後までコントなの?











 さて。

 エリーとの時間を望んだものの、いざとなると何を話して良いか解らない。


 が、このままエリーを泣かせたままにはして置けない。

 最後くらい笑顔でいたいし、いて欲しい。

 完全に俺のわがままだ。


 だけどエリー。

 もう少し俺のわがままに付き合ってくれ。


「エリー。近づいても、いいか」

「もちろん。でも、なんで?」

「いや、あんまりドレス姿が綺麗だから、俺なんかが近づいたらダメな気がして」

「ふふ、なにそれ」

「だってさ、いつもと違って、すごく綺麗だし」


 直視できずに、斜め下を向いたままエリーに告げる。


「あー、ひっどーい。まるで普段は綺麗じゃないみたい」

「は? いつもは可愛いが勝ってるだろうが」

「え」

「考えてみろ。元々可愛いエリーが、日本の女の子の服着てるんだぞ。可愛いが天元突破するに決まってんだろ」

「てんげん……かわいい?」

「ああ。エリーは可愛い。誰よりも」

「そ、そう、なんだ」


 おっと。

 いつのまにか夢中でエリーの可愛さをプレゼンし始めてた。

 しかもエリー自身に。

 なんて恥ずかしい。

 でも、少しだけエリーが笑ってくれた。


「ね、もっとこっち、来て」

「仰せのままに」


 大仰に片膝を突き、礼をする。

 目の前に右手を伸ばすエリーの手を取った俺は、綺麗なドレス姿のエリーの前まで行って。


「あっ」


 思いっきり、抱き寄せた。

 腕の中の温もりが、俺の心臓を蹴飛ばしてくる。

 するりと背中に腕が回された。細い腕、エリーの腕だ。


「……ひぃちゃん、ごめんね」

「なにが?」

「泣かないで帰ろうって、ワタシ決めてたのに」

「なら、ごめん、じゃないだろ?」

「じゃあ、なに?」

「それは自分で考えること」

「じゃあ、次に会うまでの宿題、かな」


 次に会うまで、か。

 果たして、もう一度逢えるのだろうか。

 壁の時計を見ると、侍女さんたちが石化のコントを始めて、すでに三分近くが経過していた。


「え、なにそれ。もしかしてワタシ、弄ばれた?」

「なんでそうなるんだ」

「だって、マンガの世界にはひどい男がたくさんいたから……」

「で?」

「ひぃちゃんは違うって思うけど、さ」

「ふーん、で?」

「なんか冷たいー」

「はい、あと1分」

「むー、ひぃちゃんのいじわる」

「あと50秒」

「もういいもん!」

「あと40び……むぐっ!?」

「──」

「──」

「……あと、10秒」

「また、ね?」

「ああ、必ず」





 また、絶対逢おう。

 次は俺が逢いに行く。

 それまでは、笑顔でサラバだ。






            了



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異世界交歓留学生 若葉エコ(エコー) @sw20fun

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