第29話

 駅での一件以来、秀と葉月はしばらく有名人になってしまった。大騒ぎしていた竹内の動画がネット上で拡散されたからだ。

 世間からバッシングを受けた竹内。そして、公開プロポーズが話題になった秀と葉月。秀が有名企業「上屋敷ホールディングス」の役員であったことも、話題になった原因の一つだろう。


 それから一年。


「葉月さん、珈琲飲みますか?」


 秀は相変わらず朝食後、珈琲を淹れている。


「秀くん、私、カフェインは……」

「大丈夫です。カフェインレス珈琲ですから。お義父さん、お義母さんは普通の珈琲で良いですか?」

「ああ、ありがとうございます、専務」

「専務はやめてください、お義父さん。親子なんですから」

「はは、そうは言ってもなかなか慣れませんね。……では、秀、くん。ありがとう」

「はい、お義父さん」


 秀と葉月の自宅。

 前日に料亭でパーティーをして、その後、葉月の両親は秀と葉月の住むマンションに一泊した。両親を泊めたのは、葉月と両親が好きなだけお喋り出来るようにという秀の配慮だ。

 なんのパーティーだったのかと言うと……。


「葉月、つわりはもう大丈夫なの?」


 葉月の母が葉月に尋ねる。


「うん。もうピークは去ったから」


 葉月は笑顔で下腹部を撫でた。

 そう。秀と葉月の第一子妊娠を祝うパーティーだったのだ。

 大丈夫だと言ったのに、母はまだ葉月を心配そうに見つめている。


「無理はしちゃ駄目よ、葉月。大事な時なんだからね」

「大丈夫よ、お母様。秀くんが気遣ってくれてるもの。ね、秀くん」


 葉月はキッチンに立つ秀に声をかけた。秀は自信満々な顔を母に向ける。


「その通りです、お義母さん。ご安心ください。家事はハウスキーパーに任せていますし、今は体のこと、赤ちゃんのことに専念してもらっています」

「それなら良いけど、くれぐれも無理はさせないでね」

「当然です。大事な葉月さんと子どもを守ることは、俺の使命ですから」


 葉月は両親と顔を見合わせ、ふふっと笑い合った。胸を張る秀が頼もしい。秀は葉月の王子様だ。そう心の底から思う。

 珈琲を持ってきた秀が、葉月と両親の前にそれぞれの珈琲を置いた。


「幸せになりましょう。家族みんなで」


 さりげなくそんな事を言えてしまう、この優しさが秀なのだと葉月は思う。


「うん、そうだね」


 家族みんなが見つめ合い、微笑み合う。そんな日常が愛おしい。

 椅子に腰かけた秀は、葉月のお腹に手を伸ばした。


「君のことも愛してますよ」


 我が子に声をかける秀を、葉月は心から愛おしく思う。


「もちろん、葉月さんも」


 そう言いながら、秀は葉月の頬にくちづけをした。



 ― 了 ―

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一家離散に追い込んでおいて、なぜ好きだなんて言うの 無限大 @mu8gen8dai

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