第2話
『もしもし、スターサイン事務所の者です。こちら
「は、はい、そうです。私が奏海陽向です」
『ご本人様ですね。お伝えしたいことがありましてお電話をかけました』
「はいっ」
『この度は、本事務所の新人VTuber募集にご参加いただきありがとうございました』
乾ききった喉が、音をたてずに動く。
『それで、結果なのですが――』
◆ ◆ ◆
ピピ、ピピ、ピピ、ピピピピピ――。
スマホのタイマーの電子音で目が覚めた。
だるい体でむくりと起き上がり、ごしごしと目をこする。
窓にはカーテンがかかっていて暗い。眩しく光る画面は、19:00――配信の時間を示していた。
眠気をおいやって動画サイトを開き、登録してあるひなたんのチャンネルへ。
『みなさん、こんひな〜〜! 今日も配信やっていきます、三時間よろしくねー!』
そこには、鮮やかな橙の髪を揺らしながら、蒼碧の瞳を緩め、花の咲いたような笑顔を見せるアバターが映る。
:こんひな
:こんばんはー
:きたきた
:声好き
:遅刻しなかったのね
:時間ジャスト
:たしかに
:珍しいこともあるな
『えぇっ、ちょっとなんでツキミが遅刻魔みたいになってるのー!? そんなにだらしなくないってば! みんなをわたしを子供扱いしてない!?』
頬をふくらませるひなたん。
:かわよ(´・ω・`)
:怒ってる表情いい
:ひなたんは子供でしょ、それも小学生ぐらい
:子供っていうか娘だわ
:配信を見るというか、娘の成長を見るというか……
『なんでよぉー! ツキミ、大人っぽいって言われたいんだけど! そんな、娘って……ううう、どこからどう見ても大人っぽいお姉さんなはずなのにぃ……』
今度はむぅっとすねた顔になる。
:十分おとなだって! 声とか……言葉とか……しぐさ……
:おい自信なくすなよww
:いいじゃん、愛娘ひなたん
:兄妹に優しそう
:長女ではなく末っ子か
:こんな妹がほしかったなぁ
:毎朝起こしてもらいたい
:笑顔で「お兄ちゃん、おはよう!」
:朝ご飯つくってくれたり
:玄関まで見送ってくれたり
:帰ったら駆け寄ってきて……
:だめだもうそうがとまらないだれかたすけ
『そ、そう? そんな風に言われると、あんまり悪い気分じゃないなぁ……』
:てへ、という擬態語が聞こえてくるな
:それでこそひなたん
『よーしっ、それじゃあ今夜のお題に入っていきたいと思います! 今日は、先々月に募集した新人Vのお披露目会でーす! 新しく仲間になった三人と、後輩や先輩も参加してみんなでお話するよ!』
:おお
:いいね
:最高かよ
:楽しそう
:新人見られるんだ
『さっそくだけど、新人の子を三人とも出しちゃいます! えぇっと、ここをこうして、これを押して、マイクをオン……っと。よし、できた! もう声出していいよ!』
すると、画面に新たなアバターが現れる。
――青の髪が印象的な少女だ。瞳は星のような黄色に輝いている。衣装は青と黒のドレスのような見た目で、どことなく海を想起させる。
『……ええと、みなさん、こんばんは。この度スターライトにて新人VTuberとなりました、
:え!
:えええええ!
:すご! すご!
:!?
:かわいいひと来た!
:え、デザインやば
:めっちゃ声きれい!
:うつうしいとしか言えん
:透き通るような声……!
:ぜったい歌上手いじゃん
新人Vの登場に、コメント欄は怒涛のごとく流れていく。
『さっ、次もいくよー! どうぞ、二人目です!』
今度は、真っ黒な髪のアバターが現れる。赤いメッシュが目を引く、髪の短い少女。瞳は真紅、静かに燃える炎を思わせる。衣装は黒のパーカーとラフなものだ。
『……みなさん、こんばんは。同じく新人Vの
:かっけぇ
:!? まじ?
:なっはぁ!
:声かっこよ!
:声優かとおもった!
:いい、すごくいい
:衣装好きだわ
:まさかのダウナー系
『ラスト、三人目です! どうぞ!』
最後に現れたのは、前の二人とは違って小さいアバターだった。黄金の髪が、光を受けた向日葵のように美しい少女。大きな瞳は、宝石のように透き通ったピンク色。白地のふわふわした衣装は黄色の線で彩られており、天使と見まごうほどに可愛らしい。
『み、みなさんっ、こここんばんは! このたび新人Vになった、ひ、
:かわよ
:かわ
:わぁお
:天使?
:緊張してる
:盛大に噛んだなww
:小さい好き
『はーい、三人ともありがとう! 話してくれた順番に、水無月アオイちゃん、夕緋ともしびちゃん、光音こよりちゃん。このメンバーが、新人V募集で選ばれた子たちだよ〜! みんなデビューおめでとう!』
『『ありがとうございますっ』』
『あぁ、かわいいなぁ……。それじゃ、これから自己紹介も兼ねてお話を聞いていきたいと思いまーす! まず、三人はなんで今回――』
◆ ◆ ◆
三時間に渡る配信が終了した。
コメント欄は新人Vを話題に盛り上がっている。
:今回は豪華だな
:新人来るの久しぶり
:いい子たちだった
:コラボ楽しみすぎる……
:ひなたんと歌ってほしい
:期待しかない
彼らの言う通りだった。
今回のスターサインの新人V――四期生三名は、誰もが初登場で視聴者の好評を得ていた。
水無月アオイ。儚げで大人っぽいな雰囲気を漂わせながらも少々抜けたところのある、銀鈴の声音の少女。
夕緋ともしび。クールな容姿からは想像できないほど饒舌で積極的に攻める、端正な顔つきの少女。
光音ひより。子供っぽい勢い任せの発言で視聴者を微笑ませる、子犬のような少女。
全員が唯一無二の「個性」をもち、自分のものとして十分に振るっている。
それがどう評価されたかは言わずもがな、だ。
今までの一、二期生、そしてひなたんの所属する三期生、どれと比べてもまったく引けを取らない。個性の面ではむしろ勝っているとも思う。
いや、思ってしまう。
――こんな人たちに、私が勝てるわけなかった……。
右手でスマホを強く握りしめ、目をぎゅっと瞑る。
なんで私は、VTuberになりたいだなんて高すぎる夢を見たのか。
なれたとしても、その先うまくやっていけるか?
答えは自明だ。
なんで。今の自分のままじゃ叶うはずもないのに。他人の目を気にしているばかりで自分から動けない私には、到底できることではないのに……。
彼女たちは、みな自信を持っていた。己の個性を信じ、魅力という武器に変えて配信を盛り上げていた。
紛れもなく”VTuber”だった。
それは、〈奏海陽向〉とはほど遠い、もはや手の届かない存在。
この感情は羨望でも嫉妬でもなく。愚かにもVTuberを目指そうとしたあのときの私に対する、どうしようもない後悔。
ただの視聴者であり続ければよかったものを。こんな形で「お前は無価値だ」と放り捨てられたのだから笑えもしない。
私は、なんて馬鹿なことをしたんだろう――。
虚ろな気持ちで寝転がっていたベッドから起き上がり、暗い部屋をのそのそ歩いて窓の前に立つ。
紺のカーテンを少しずらす。外に立つ時計が示すのは22時ちょっと過ぎ。車通りは少なく歩行者はほとんどいない。
街頭の明かりだけが延々と伸びる夜道を照らし、街路樹は陰鬱とした影を落としている。
顔を上げて、空を見る。そこに星はなかった。月までもが分厚い雲に覆われ、一切の明かりが遮断されていた。
その風景はなんだか私の心を鏡写しにしているかのようで、目を逸らしてカーテンを閉めた。
そして私は再びベッドに潜り、まだかすかに残る熱を肌に感じながら、深いまどろみのなかへと落ちていった。
◆ ◆ ◆
いつからだろう――夢を見なくなったのは。
夢と言っても「将来やりたいこと」ではなく、寝るときに見るあれのことだ。
夢を見ていた朝は不思議と寝起きがいい。だがその逆も然り、夢を見なかった朝は、体にだるさが纏わりついて寝た気がしないのだ。
自分の意思ではどうしようもできないことだし、もしかしたら普通のことなのかもしれないけれど――。
私はなんだか、少し寂しい。
そんな感情を差し置いて、今日もまた、私のもとへと夢見ぬ朝が訪れる。
百合少女はVTuberになれない。 〜いつか私も、あなたのように輝けますか?〜 夕白颯汰 @KutsuzawaSota
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