王妃の証 3

 ヴェノンは中央大陸東部を縦断する大河ドンヌの中流域に位置する都市だ。

 北西から川辺を伝って流れてきた部族集団がそこに居を定めたのは”諸民族のうねり”の最中さなかのことである。彼らは自分たちの支配領域を「東の国エストゥス・ベルグ」と呼んだ。

 いち早く混乱期を脱し何らかの社会秩序を確立したレムル半島の諸都市、サンテネリや帝国西部に比して、そこは明らかに後進地域、いわば蛮地であった。


 中期前半、帝国領域を主導したのはシュトゥビルグはじめ西部の諸侯である。

 しかし大陸中西部の覇者達はサンテネリ王国との度重なる戦争に疲弊し、徐々に国力を減衰させていく。そしてついに”東の蛮族”の縁を辿らねば継戦すらままならぬ状況となった。

「東の国」の貴族たちは何代にもわたり西部諸侯と複雑な婚姻関係を維持しながら、その文明を、その文化を常に吸収し続けた。

 結果、正教新暦14期、「東の国」は帝国構成諸侯エストビルグとして歴史書に姿を現す。


 相も変わらずサンテネリと、あるいは隣国との争いが絶えぬ西部諸侯たちは、中期後半になるともはや帝国領域の秩序を自力で維持することが不可能になっていた。


 そして時は訪れた。

 正教新暦1453年、エストビルグオテル1世が、”正教の威光のもと諸王を束ねる権威を与えられた人界の君主が領する地”の皇帝に選出される。エストビルグ朝帝国の始まりである。

 かくしてエストビルグ王国の首都ヴェノンは帝国の首都となった。以降250年以上にわたってその都市は大陸中部の中心地として繁栄を保ち続けている。


 ドンヌ河の西岸に位置する都市ヴェノンの中核となるのはオルブル大宮殿。

 それはエストビルグ王の居城であり皇帝の座所であると同時に、エストビルグと帝国双方の各行政機関までも包含する巨大な区画である。

 帝国と並ぶ大国サンテネリの光の宮殿パール・ルミエとはその大きさでは比較にならない。サンテネリであれば、むしろシュトロワ新市すべてと比するべき壮大さを誇る。


 正教新暦1716年7月、ヴェノンに到着したフロイスブル侯爵一行はオルブル大宮殿の外周区画に位置するサンテネリ大使館に入った。


 約1月の滞在期間、フロイスブル侯爵には帝国有力者との会合やエストビルグで活動するサンテネリ人たちとの面会が引きも切らせず設定されている。

 サンテネリ王国家宰として長く国政を取り仕切り、現在でも宮廷大臣として政権中枢に席を持つ彼は、エストビルグにおいても”特級の大物”と見なされている。先日発足した枢密院の首班はアキアヌ大公だが、王と”直結”しているのはフロイスブル侯爵であるというのがエストビルグ宮廷衆目一致の認識であった。


 今回のエストビルグ行において、フロイスブル侯爵に課せられた使命は極言すれば一つ。

 三国和約に対するエストビルグの賛意を得ること。


 君主や一部要人に権力が集中する政治体制下においては、実務的な懸案が合理的に対処される一方で、「大事おおごと」は個人の心象に左右される傾向がある。特に和約、同盟、宣戦など、国家の命運をかけた外交政策は、各国の政務における中心人物が「どう思うか」がその成否を分ける。

 だからこそ、重要人物たちと対等に渡り合える格と実績を持った彼が派遣されたのである。各国の王たちが時に大公家当主の立場を使って話し合うように、彼もまた立場を使い分ける必要がある。サンテネリの宮廷大臣としてではなく、大陸有数の名門貴族家の当主が同胞に話すのだ。


 かくも属人性の高い交渉に際してフロイスブル侯爵は、同時期にエストビルグに帰国したバダン宮中伯といわば”共同戦線”を張ることとなる。

 現地に味方がいなくては始まらない。






 ◆






 皇女アナリース輿入れの後ろ盾としてサンテネリに入ったカルル・ヴォー・バダンだが、婚姻式の数日後、王との最初の会談で致命的な過ちを犯した。

 サンテネリ王グロワス13世の力量を見誤るという。


 その後、情勢を観察し王を取り巻く重臣たちと関係を構築する中で、彼は自身の失態に気づく。

 王本人は自身を”暗君”や”愚王”と度々表現するが、実体としての王はその言に反して出来る。

 王が行った諸政策は実際に王の手腕なのか部下のそれなのか判然としない。グロワス王は部下の案を承認しただけと公言する。部下たちもその言を否定することはない。そのため王独自の行動が外からは甚だ見えづらい。見方によっては操られているようにも感じられる。

 だが、バダンが執拗に観察する限り、王は自身を操る相手をその都度、自身の都合のよいように節がある。

 ある分野ではある重臣の、他の分野では他の重臣の操り人形になる。それはつまり、臣下を主体的に利用しているのと同義だ。


 外からの観察で分かるのはそこまで。

 あるいは、操られているように見せかけながら、実は王自身が動いたの


 いずれにしても軽く扱える相手ではない。

 自身の観察とともに彼にそう確信させたもう一つの要因は、主家の姫アナリースの変化であろう。

 アナリースが「意見」を述べるようになったのだ。


 政治の世界において「意見」は力の結晶体である。

「意見」を述べるものの背後にある”力”こそが意味を持つ。その観点から見れば、アナリースの背を支えるのは帝国とエストビルグ王国であるはず。つまり、バダンこそが彼女の背景にあるべきであった。

 帝国とエストビルグの意向を背負ったバダンの後押しを受けて、サンテネリ側「意見」を言うのが、アナリースに期待された役割だったはず。それがいつしか、アナリースがバダン、ひいては帝国とエストビルグ「意見」をするようになった。

 では、アナリースの背後にはどのような”力”が存在するのか。

 サンテネリ側の後見者ともいえるフロイスブル侯爵では弱い。相手は帝国なのだから。

 つまり、アナリースの「意見」を裏書きする力を持つ存在は一人しかいない。


「宮中伯殿、もう少し視野を広くお持ちなさいませ。わたくしがサンテネリ軍装をすることに何の不都合がありましょう。わたくしはサンテネリの国母、兵達の母になるのです」


 このような発言がアナリースの口から出てくるなど、かつての在り方を知る彼には信じがたいことであった。何事にも定型句しか返さぬ少女だったはずなのだ。


 言葉に籠もった意志。それは紛れもなく意志である。

 しかも、自身の意志が決して軽んじられることはないと自覚した意志である。自身の背後にある「力」が彼女の言葉を軽視することを許さない。それを理解した言葉。


 アナリースから、グロワス王の提案として三国の和約案を告げられたときのことを、宮中伯は忘れられない。


 彼は反論した。

 プロザンは祖国エストビルグの威信に泥を塗った仇敵であり、エストビルグはサンテネリと共に敵を討ち滅ぼさねばならない、と。


 対するアナリースは、バダンの視線を真っ向から受け止め、堂々とこう返した。


「わたくしは祖国たるの安寧を望みます。サンテネリ王国の正妃として。そして第一皇女として」


 自身の立場はサンテネリ正妃がまず第一、次に帝国皇女である、と。優先順位を明確にしてみせた。帝国とエストビルグの曖昧な二重構造を使った、半ば詐術のようなグロワス王の筋書きを、彼女は自身の言葉で述べたのだ。


 取り込まれている可能性は高いが、言われたことを口にするだけの操り人形でもない。

 アナリースは”自発的に”グロワス王に同調している。あるいは、自発的であると思うようにされている。


 バダンの功績は帝国とサンテネリ王国の和約を成立せしめたところにある。よって和約の目的が変化しようとも功績に傷は付かない。

 一方で、アナリースとの関係が拗れればやっかいなことになる。

 和約の功労者たることの利点は、帝国での活動において自身の背後にサンテネリ王国との繋がりを見せられるところにある。つまり、サンテネリとの縁が彼の「意見」を裏書きする”力”の一つとなるのだ。しかし、アナリースとの関係悪化はそれを台無しにしてしまう。


 つまるところ、バダンは三国和約の推進に向かうほか道がなかった。






 ◆






 オルブル大宮殿の広大な敷地は、光の宮殿パール・ルミエと同程度の規模を誇る宮殿を三つ包含する。


 まずは「エストビルグ宮」。

 エストビルグ王の住まいであり、王国政治の中枢である。帝国における「宮廷」とはこの宮殿と出仕者の総体を指す。

 次に「帝国宮」。

 名の通りであれば皇帝の座所だが、通常皇帝はエストビルグ宮に所在するため、慣例的に帝国宰相たる大管長の領域となっている。

 最後に「春の宮殿」。

 帝国およびエストビルグ王国の後継者が住まう。前二者に比して必要性が低いにもかかわらず宮殿として独立しているところにこの国の辿った複雑な歴史が現れている。つまり、この宮殿の存在こそが、エストビルグ家による帝位世襲の象徴なのだ。


 ヴェノンに到着して一週間が過ぎた頃、フロイスブル侯爵は帝国宮の小休憩室”黒森の間”に招かれた。

 彼はサンテネリの全権特使、いわば王の代理人である。よって公式な会見は皇帝への謁見のみとなる。全権委任を受けた立場は儀礼上非常に格式が高いため、公的な動きとなると帝国の臣下と身分の釣り合いが取れなくなってしまうのだ。

 だが、実際のところ、彼は帝国の重要人物と顔を合わせておく必要がある。その必要性はサンテネリ側にも帝国側にもはっきりと認識されていた。

 ゆえに殊更に非公式が強調され、少々手狭な内輪の部屋が使われることとなった。


 帝国宮一階の中庭に面した部屋は、その名の通り黒と見まごうばかりの深緑を基調とした壁面が、重く落ち着いた空気を充満させている。


 マルセルが足を踏み入れると、部屋の奥、窓脇に設えられた黒い一人がけの椅子から男が立ち上がる。


「ご足労恐縮する。お初にお目に掛かる。ペテル・ヴォー・ワイゼンベルと言う」


 短文が一つ、二つと置かれていく。硬質な言葉。


「こちらこそ、お会いできて光栄です。ワイゼンベル公。遙々サンテネリの山の麓より参りました、マルセル・エネ・エン・フロイスブルと申します」


 齢60を優に超え、真っ白な髪も薄くなった老人。にもかかわらず立派な上背と豊富な肉付きが、マルセルの目の前に立つ男——帝国大管長ワイゼンベル公の存在感を確固たるものにしていた。


「山の麓か。我が領も山の麓。互いに山を見て育った。それは素晴らしいことだ」


 ワイゼンベル公のサンテネリ語は流暢とはとても言えないが、そのぎこちなさが大管長の地位にふさわしい重みをもたらす。


「そのようですな。ワイゼンベル家といえば”山の王”。かの有名な豪胆公のお血筋でいらっしゃる。武勲もまた我らの共通点と言えましょう」

「フロイスブル家も元は武門。かつて在った偉大な時代の」


 ワイゼンベル家はレムル半島と帝国領域を隔てる白山脈ワイゼンベールの麓に領地を持つ中規模諸侯家である。家領が農耕に適さぬ高地ゆえ、傭兵業を主産業とした時期が長い。中でも9期後半の当主は中央大陸中の戦争という戦争に顔を出し荒稼ぎした名将として”豪胆公”とあだ名された。


 帝国法において大管長は中小諸侯の中から選任されることが定められている。この規定は帝国の力関係にある種の均衡をもたらした。

 王号を名乗る大諸侯は選帝権を持ち、中小諸侯は帝国の運営権を握る。つまり、選抜された大諸侯たる皇帝は帝国の官僚機構を動かすために中小諸侯と協調しなければならないという、大諸侯の専横を抑える仕組みといえるだろう。

 だが、エストビルグ家が帝位を占有するようになって以来、他の大諸侯はエストビルグに従属するものと距離を取るものに別れ、中小諸侯はエストビルグの家臣に近い存在へと変質した。


「時にフロイスブル殿、帝国の至宝、アナリース様はご健勝か」

「ちょうど出立前にも正妃アナリゼ様に拝謁しましたが、ご容色さらに輝かれ、ご機嫌麗しくいらっしゃいました。その様はまさに帝国の至宝。我が妻は正妃様の女官長を拝命しておりますが、それは慈悲深く聡明なお方であらせられると申しておりました」

「貴殿のお言葉、大管長として喜ばしい。我が国には、御国で姫殿下がないがしろにされているとの噂もあった」


 あくまでも非公式の対話だからこそ、かなり踏み込んだ話題も口にすることができる。もしも公式の場で、皇帝以外のものから同様の言葉が発されたとすれば、それはサンテネリ王への公然たる侮辱であり戦の口実にもなり得るものだ。


「噂に過ぎません。グロワス13世陛下とアナリゼ妃殿下は非常に仲睦まじくお過ごしでいらっしゃいます。光の宮殿パール・ルミエの大回廊など、時折陛下と正妃様がお二人で占有しておいでですよ」


 朗らかな笑みと共にマルセルは答える。それは全くのであったのだから、何も臆することはない。

 答えを受けた大管長ワイゼンベル公も、加齢で少し垂れた瞼を震わせて笑顔を作った。


「それはよい。サンテネリ国王陛下は我らの贈り物に満足された」

「もちろんでございます。まさに至宝」


 老人は再び椅子に腰を下ろし、客人に対面の椅子を勧めた。

 その機敏な動きにマルセルは少々驚きを覚える。

 自身よりも10以上、あるいは20近く年上のはずなのに身体の動きがそう変わらないのは、ワイゼンベル公の健勝ゆえか自身の衰えか。他愛もないことを考える。


「だが、帝国はまだ、対価を得ていない」


 その”他愛もないこと”は老人の言葉によってかき消された。

 本題を語らう時間だ。






 ◆






「グロワス13世陛下のご意向は既にそちらに伝わっておりますな」

「拝聴した。だが、帝国は受け入れられない」

「なぜでしょう。帝国は寸土も失うことはありません。偉大にして勇敢なグロワス13世陛下は、ご寵愛の正妃様のため、恐れ多くも御自ら調停に出向かれました。結果プロザン王陛下は皇帝陛下への忠誠を改めて誓い、におかれた一部領地を返還すると明言された。帝国は戦火を回避したのです。これほどの対価がありましょうか」

「サンテネリ王陛下のお骨折りは感謝する。だが、貴殿の言はエストビルグの利になるが、帝国の利とならない」


 フロイスブル侯爵は顎髭を撫でながら、対面する老人の言葉に頷きを返す。

 バダン宮中伯との打ち合わせで聞いたとおり、帝国は「帝国」と「エストビルグ」で割れている。エストビルグ王国にとってシュバル公領は自身の領地ではない。問題になるのはゲルギュ5世の帝位に対する疑義とそれによる権威の失墜である。

 だが、帝国の他の諸侯にとっては…。


「よく飲み込めませんな。サンテネリ王陛下は帝国の皇女殿下を娶られた。よって我が国は帝国の友です。友のために、その領域の保全のために陛下は忠実に友の役割を果たされました。にもかかわらず、それが帝国の利にならぬとは」

「つまり、プロザン王殿が野放しだ。自身の野心から帝国の秩序を乱した。懲罰しなければならない」


 プロザン王は帝位承認と引き換えに、他の帝国構成諸侯から武力で奪い取った土地の一部領有を既成事実化しようとしている。それはつまり”前例”となる。


「それは貴国のですな。我が国は婚家と仲良くしたいと望みますが、家庭内の事情に口を挟むほど厚顔ではありません」

「フロイスブル殿。あなたは貴国という。だが、それは帝国ではなくエストビルグ王国のこととみえる」

「エストビルグ国王陛下は皇帝陛下でもあらせられる。我々外国のものには区別が難しいようです。つまり帝国大管長殿、帝国とはつまりのことでしょう」


 マルセルは腕を組みワイゼンベル公の答えを待つ。

 つまるところ、サンテネリが提唱する三国和約はエストビルグとプロザン以外の帝国諸侯にとって都合が悪い。プロザンの行動を認めれば自身の領地が侵される可能性が出てくるからだ。実力で他国の侵攻を排除できない諸侯にとって、現状の帝国の秩序が維持されることだけが生き残る道なのだ。


 無言の時間が続く。

 答えづらい問いだろう。マルセルは同情を禁じ得ない。自力では領地の安全を確保できないから狼藉者の懲罰をエストビルグと他国たるサンテネリに委ねたいなどと。


 だが一方で無視もできない。

 皇帝の判断は恐らく三国和約に傾くだろう。しかし、目の前で思案する大管長の意向を気にしないわけにはいかない。彼は帝国領域の中小諸侯を代表する存在である。それを無視すれば求心力を失う。


「帝国は諸侯合議の国。大小を問わず。集団こそが帝国なり」

「では、その集団は皇帝陛下のご意向に背くこともあると。困りましたな」


 マルセルは頃合いを図る。先方の要求、こちらの回答。大体の想像は付けてきた。


「帝国大管長として、集団への保証が必要と考える」

「保証。それはつまり、今回のようなが二度と起こらないような仕組み。そう理解してよろしいか」


 言いづらいことを言ったあとの脱力感を漂わせつつ、ワイゼンベル公は小さく頷く。


があれば和約はなくなります。これ以上の言葉を発するのは失礼に当たる。帝国の構成諸侯にあらぬ嫌疑をかけることになりかねないので」

「我々はそれを”言葉にする”ことを望む」


 三国のうちのが和約を反故にした場合、残り二国が何をするか。つまり、エストビルグとサンテネリによるプロザン懲罰戦の明記である。

 だが、サンテネリにとってそれは出来れば避けたい選択だった。明記してしまえば否応なく巻き込まれる。


 マルセルは考える。

 正直なところ、帝国内でいくら戦いが起ころうがサンテネリにとっては知ったことではない。サンテネリが欲するのは平和である。少なくとも軍の改革が軌道に乗るまでの時間が欲しい。

 プロザンとて平和を欲している。彼らも消耗した国力を回復させる必要があるだろう。だがそれが終わった後、数年後、あるいは10年後はどうなるか分からない。

 その時サンテネリの準備が整っていればよい。だが整っていなければ「帝国内の諍い」として処理してもらいたい。だからこそ、条文に拘束されることは避けたかった。


「言葉は軽いものです。所詮紙の上の文字に過ぎません。だから、保証を、と仰るのならば私は他の術をご提案したい」

「それはどのような?」


 枢密院を構成したことの副産物をマルセルは今、披露しようとしている。

 王が当初エストビルグに対して行おうとしたこと。それをそのまま中小諸侯に対して転用するのだ。


「話は変わりますが、ワイゼンベル殿。我が国は陛下の御叡慮を得て”枢密院”なる制度を導入しました。ご存じであられますか」

「知っている」

「枢密院とはサンテネリ王陛下より大権を委任された政府。つまり、サンテネリにおいて枢密院とは王と同義の存在です。その枢密院の首班はアキアヌ大公ですが…大公殿には妙齢のご令嬢やご子息がいらっしゃる。出来ることならば、ご自身と同様の立場たる独立諸侯の御家とご縁を結びたいとお考えです」


 枢密院閣僚の子女と帝国諸侯の子女の婚姻。

 万が一帝国諸侯が”狼藉者”に襲われたならば、縁戚たる枢密院閣僚は親族の加勢に向かうだろう。つまり、枢密院が加勢を決める。言い換えればサンテネリ王国の参戦である。

 サンテネリ側としては、帝国諸侯を蚕食する口実を多く手に入れることとなる。場合によっては併呑まで含めて。

 一方で、サンテネリが戦争を欲しないのであれば、対象の閣僚を辞任させればよい。それで話は終わる。


 再び大管長が黙り込んだ。

 マルセルもまた無言で待つ。


 気の迷いか、彼はふと時計を眺めたい衝動に駆られた。

 常日頃、退屈そうに腕に巻いた時計を眺める主君を見ているからだろうか。

 とはいえ、この場で懐中を取り出すわけにもいかない。


 ワイゼンベル公は座したときと同様、機敏な動きで巨体を立ち上げた。そして窓際に歩を進め外を眺める。


「宮廷大臣殿。枢密院閣僚の方々は、幾人ほど?」


 マルセルもまた勢いをつけて立ち上がった。


 ——帰ったら腕時計とやら、一つ陛下に調達をお願いしてみるべきか。勝利の記念に。


 そんなことを考えながら。



 話は終わった。

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