王の旅 4

「そこで陛下はおっしゃったんですよね! 『諸君は王の近衛軍ではない! 諸君はサンテネリの近衛軍だ!』って!」


 手をパタパタ動かしながらゾフィさんが若干はしゃいでいる。ぼくの隣で。

 対面に座るブラウネさんとメアリさんも興味津々といった風情。こういうのもまた辛いね。先日の騒ぎの顛末をザヴィエお父さんから聞いて興奮したのか、ゾフィさんの熱弁は続く。


「そこで陛下はデルロワズ方に向き直られて、『きみたちはデルロワズ公の私兵か?』って!」

 もうゾフィさん、興奮しているのか自分の膝をぱしぱし叩き始めた。考えてみれば、ぼくが政治っぽいことをやっている姿を彼女は見たことがない。王様係の二人は時折見てるからそこまで新鮮味もないだろうけど。

 これはあれかな、お父さんの職場見学に行った中学生かな。

 ”いつもお父さんキモいと思ってたけど、意外とカッコいいところもあるじゃん”みたいな。


「ゾフィ殿、その辺にしておいてほしい。ザヴィエ殿がどう話されたかはしらないが、あまり勇壮なものでもなかった。私は興奮するといつもわけの分からないことを口走ってしまう」

「ええ、陛下はそういう傾向がおありです。ブラウネのことを”きみ”とお呼びになられたときは本当に驚いてしまいましたもの」


 あのときブラウネさん驚いてなかったよね。むしろ彼女の方がガンガン来ていた気がするんだ。


「ブラウネ様の仰るとおりです。私も陛下に”あなたを手放さない”と言っていただいたことがありますが、少し取り乱してしまいました」

「まぁ、そんなことを。——ちなみにブラウネは陛下が口を付けられた葡萄酒を飲むよう命じられたこともございます」


 話が大きくなっていくね。ブラウネさんはぼくの葡萄酒勝手に飲んだだけだから。別に命じてない。


「ブラウネ殿の名誉のために訂正しておくが、私は命じてなど…」

「いいえ、お命じになりました。ブラウネは正確に覚えております。それに、”手放さない”などと仰る方が、メアリ殿の名誉のためによろしくないのでは」

「陛下にそう命じられたとき、私は喜んで陛下の元に侍ろうと思いました。ああ、ブラウネ様は”不名誉”と思われるのかもしれませんが」


 まぁじゃれ合いのようなものだと思う。本気で戦うときはぼくの目の前ではやらないだろうし。


「陛下に時計を見ましたら、そろそろ正午ですね! もうすぐリーユに着きます」


 そんな二人を尻目に、わざとらしい言い回しを添えてゾフィさんが左手をぼくに翳す。

 ちなみにぼくはあげてないです。ゾフィさんが自分で注文したものです。


 少女の細い手首に巻かれた腕時計は客観的に見てサイズ感がおかしい。男であるぼくの手首に合わせて作ったものと寸法が変わらないのだから当然。完全にオーバーサイズだ。

 でもまぁ、日本でもメンズの時計着ける女の人多かったしね。ぼくは見慣れている。

 ただ、サンテネリの貴婦人方の目にどう映っているかは不明。ガイユールの姫に面と向かって「ダサい」と言える人間はほぼいないだろうけど。

 しかもこの時計、ぼくのものとおそろいなので、これをダサいというとぼくのものをダサいと言ったことになるという罠が潜んでいる。


「陛下もご確認ください!」


 そう言って、ぼくの左腕を引っ張り出して時計を並べてみせる。ブラーグさんの時計、ほんとに精度いいな。ぼくのものとゾフィさんのもので誤差が10秒と無い。


「ああ、確かに。もうすぐゾフィ殿の故郷に着く頃合いだ」

「陛下、ガイユールのお城に着きましたら、是非街にお付き合いくださいね。お気に入りの散歩道が運河沿いにあるんです」

「それは楽しみだ。冬の運河はさぞ綺麗だろう」


 ガイユール公領の首府リーユはグイヨン川に面して創建された。

 ルロワ家首府シュトロワ同様、当初は川の通行権を支配した川賊あたりが興りなんだろう。ぼくの先祖と同様、彼らの先祖もまた良いところに目を付けた。

 グイヨン川は北に向かって下れば低地諸国に、南に上ればロワ河にと、二つの経済圏を結ぶ交通路として機能してきた。

 五十年ほど前には、土木技術の進歩の恩恵を受けてリーユは更なる血管を手に入れた。西海に面する港町カレスとの間に運河を通したんだ。カレスはアングラン本島と大陸のほぼ最短距離に位置する。

 この運河によってガイユール家は、北の低地諸国、西のアングラン、そして南のルロワ勢力圏という巨大な人口を誇るこの三つの経済圏の結節点を手にしたわけだ。


 それはまさに国の中の国だ。

 にもかかわらず、ガイユール公領はデルロワズ公領と異なり、少数の治安維持部隊を除き自前の兵を持たない。

 この辺はバランス感覚あるよね。もしデルロワズ家領よろしく常備軍を保持していたとしたら、サンテネリ王国がそれを座視することは決してなかっただろう。それはもはや国の中の国ではなく、単純に「国」だから。

 では完全に無防備かといえばそんなことはない。彼らはその蓄えた富で傭兵を雇うことができる。北に国境を接する低地諸国の諸都市は良質な傭兵供給源として有名なんだ。さらにやっかいなことに、ガイユール公領とアングランの関係性はかなり独立性が高い。巨大な経済力を誇る地方自治体が他国と独自に外交しているようなもの。いざ王家が触手を伸ばせば、彼らは躊躇無くアングランを引き込むだろう。


 そんなわけで、サンテネリ王国にとってガイユールは金の卵を産む雌鶏であると同時に獅子身中の虫でもあるという、まことにやっかいな存在なんだ。

 何か決定的な名分があれば大損害覚悟で叩き潰すことも可能だろう。でも、家同士の関係も基本的に良好。ガイユール家は時折王の正妃を出すし、逆にルロワ家の娘が降嫁する際の第一候補でもある。


 この絶妙のバランスの元に発展を続けたリーユには一つ他の都市に見られない特徴がある。

 この都市には城壁がない。

 もちろん過去にはあったらしいんだけどね。人口が増えて土地が足りなくなると城壁外に第2の居住区が生まれる。すると古い城壁を壊して第2居住区を囲む城壁を作る。するとさらに、って感じで膨張を続けた結果、ガイユール家はついに城壁建造を諦めてしまった。

 街の中に残る古い城壁は全て撤去され、跡地は道路として整備された。結果、ガイユール居城と広場を中心に放射線状に走る数本の大路と、それを横切る形で同心円を描く大道という面白い形が生まれたらしい。

 こういう知識は大体ゾフィさんが教えてくれたんだよ。幼い頃からお父さんについて色々なところを実際に見て回った経験が生きているね。だから彼女はぼくの先生だ。

 ぼくは熱心な生徒だよ。知的好奇心みたいなものももちろんあるけれど、より実務的な意味がある。

 シュトロワの都市計画。リーユはその絶好のモデルだから。




 ◆




 リーユには城壁が無い。でも、儀礼的な門だけは存在する。

 リーユの大門。

 4階建てくらいのビルの間に巨大な梁を渡したようなこの不思議な建造物はある種の観光名所になっているらしい。白い壁面をびっしりと細密な浮き彫りが彩っている。多分ガイユール公領の歴史絵巻なんだろうね。


 ロワイヨブル同様、ここでもぼくはガイユール公と並んで馬に乗り大門をくぐった。

 門から広場に直行する大路はロワイヨブルとは比較にならない。道の中心を行くぼく達の周りを近衛と黒針鼠の騎兵部隊がぎっしりと取り囲んでなお余裕があるくらい。


 そしてまぁ人の群も凄い。

 王の行幸はサンテネリの人々にとって世紀の一大イベントだ。これは比喩でも何でもなく、実際にサンテネリ王、つまり先代グロワス12世がこの地を訪れたのはもう何十年も前のこと。

 ルロワ大蛇紋とガイユールの魚鱗紋が絶えることなく沿道を埋め尽くしている。人々はぼくらが通過するタイミングで「国王万歳」やら「ガイユール大公に栄光あれ」やら口々に絶叫する。もう幾多の台詞が入り交じって何を言っているのかも聞き取れない。

 よく見ると時々ガラスのコップを掲げてる人とかいてね。ぼくらを肴に一杯やってる感じ。恐らく平民であろう人々の間にガラス食器がさらっと普及しているあたり、リーユの繁栄を実に良く物語っている。

 この光景を見て、多分先王は心内「いつか自分の物にしてやる」とか思ってたんだろうな。だって美味しすぎるでしょ。ここ。


「ゾフィ殿から話には聞いていたが、ここまでとは想像しなかった。すごいな、これは…」

「お喜びください、陛下。にはこれほど豊かな都市があるのですから」


 ザヴィエさんは笑みを浮かべて四方八方に手を振りながら、合間ぼくに応答する。ほとんど追従に近い台詞なのに嫌な感じはしない。彼の身体から発せられるその自負のゆえだろう。この発展を生み出してきたガイユール大公家の誇りと自負。それを一身に体現している。


「ザヴィエ殿は私を喜ばせる天才だ。殿リーユはサンテネリ王国の都市。それはとても素晴らしいことだと思う。この繁栄をリーユのみならずサンテネリ全土にもたらしてほしいと切に願う」


 このときザヴィエさんの入閣は既に内定していた。彼はリーユ空前の栄華がまさに今頂点に達したことに気づいている。つまり、ここからは下り坂ということも。

 ガイユール公領は「王たちの時代」を背景に栄えた。おそらくこれから始まる「国家の時代」において、いつまでもその地位を維持することは出来ない。

 ぼくとぼくの政府が全国的な常備軍整備の第一歩を踏み出したことを知ったとき、それを悟ったと、ザヴィエさんは後で教えてくれた。


 彼にとって選択肢は三つあった。

 一つ目は何もしないこと。二つ目はサンテネリからの独立。そして三つ目が積極的にサンテネリの一部となること。

 最初の選択肢は論外。実は二つ目が難しい判断だったと思う。今ならばまだギリギリ間に合う。王と貴族の私兵が相手ならばまだ勝算はあるからだ。

 多分色々な筋書きを考えたんだろうね。結果、二つ目を選んだ場合、最後に立っているのはガイユールではないと読んだ。サンテネリ王国の内乱は恐らくギリギリのところで王家の勝利に終わる。各国から介入を招き、王家も王国もずたずたに引き裂かれはするけど、なんとか生き残る。一方、ガイユールはこの世から消滅する。そう予想したんだろう。なぜそう考えたのかぼくには分からないけど、とにかくザヴィエさんは第三の道を選択することにした。

 だからぼくはその返礼を込めて、あえてリーユに赴いた。千にも満たぬ兵を連れて。

 やろうと思えばザヴィエさんはここでぼくたちを皆殺しにすることもできる。

 ちなみに先王の行幸に随行した兵は2万だからね。大した諍いもなく相手が恭順を誓っていても、王が「国の中の国」を訪れるのは勇気がいるんだ。まぁ、グロワス12世はやり過ぎ感あるけど。




 ◆




 ガイユール居城について二日は公式行事に追われた。

 大公との会談、大晩餐会、ガイユール公領の各市長たちとの面会、有力貴族との面会と息つく暇も無く予定が詰め込まれていた。裏では内務卿と財務監がガイユール公領のカウンターパートと実務者会議。

 女性陣は公領の貴婦人方とお食事会やらなにやら。

 ちなみにこの地の特産は毛織物。極上品は凄まじい光沢と滑らかさを誇る。最高のドレス生地なわけです。ようするに、ショッピングのお時間もあった模様。

 ファッションにそこそこ興味があるブラウネさん、そこまで興味は無いメアリさん、そして実は流行好きなゾフィさんの組み合わせでいい感じにバランスが取れたんだろうね。普通一人一人商人を呼び出すものだけど、今回はあえて三人で一気に大商談会をしたらしい。お互いにあれが似合うこれが似合うと楽しそうにしていたみたいだった。

 その裏でぼくは絶えることなく続く地方有力者のおじさん達との面談を捌いてたよ。


 そんな公式日程が一段落した三日目、ぼくは約束通りゾフィさんと街に出た。

 もちろん二人っきりなわけがない。大量の護衛兵やら侍従やらを引き連れて、例の運河に行ったんだ。

 事前に人払いがされているのか、あるいは区画自体が立ち入り禁止になっているのか、ぼくたちは極めて人工的に二人きりになった。


 午後の一番暖かい時間とはいえ冬だから川縁はやはり冷える。今回はぼくもしっかり外套を着込んで手袋をして臨んだ。

 となりを歩くゾフィさんは出会った頃とそう変わらぬ背丈だ。ぼくよりも頭一つ分小さいかな。


「リーユはとても美しい街だ。ゾフィ殿が誇りに思う理由がよく分かる」

「はい! 大きさはシュトロワにはかないませんけど、私はここが大好きです」


 彼女にとってここはまさに故郷なんだ。

 シュトロワよりも少し肌寒い気候も、市内に張り巡らされた運河の網も、巨大な広場に溢れる屋台の賑わいも。

 シュトロワは目のくらむ豪奢と目を覆う汚濁が混じり合った街だ。一方ここリーユはより地に足が着いている。真っ当な人々が真っ当な暮らしをしている。綺麗な街。


「ゾフィ殿はどうされる? ここに残るか。それとも再びシュトロワに来るか。私はあなたの選択を尊重する」


 ぼくは特に気負うこともなくゾフィさんに尋ねた。

 ブラウネさんやメアリさんと彼女では決定的に立場が異なる。二人の場合、実家がルロワ家の家臣であり、本人よりも家同士の結びつきが強い。翻ってゾフィさんの場合、あくまでも他家の姫だ。元々はルロワ家と変わらぬ、あるいはルロワ家よりも強い力を持った独立諸侯の姫だ。

 彼女が正妃となるのであればまた話が違ってくる。その婚姻には強い政治的意味があるからだ。でも、ぼくの将来の正妃はこのとき既に定まっていた。それが分かっていながら、なおザヴィエさんはゾフィさんをぼくに嫁がせることを望んだ。例え側妃であったとしても、この不安定な時期にルロワ家と縁を繋ぐことを重視したんだろう。

 だけど、その前提すらもぼくが崩した。

 ぼくは実質的な権力を手放し諸侯にゆだねる。そしてゆくゆくは平民も含めて、このサンテネリの民全てに王権を差し出すつもりだ。するとぼくに残るものは何もない。玉座の置物に過ぎない。


 黙ったままのゾフィさんにぼくは説明する。恐らく分かっているだろうけど、ぼくの口から話さなければ公正さに欠けるからだ。


「私はじきに王権を手放す。——このサンテネリには私よりも優れた人間が星の数ほどいる。彼らに私は大権をゆだねる。もちろんゾフィ殿のお父上もその一人だ。つまり、端的に言って私はただの置物に過ぎなくなるんだ」

「父から聞きました。陛下がお決めになったことを」


 ゾフィさんは落ち着いてそう答えた。


「つまりゾフィ殿は自由だ。いや、自由ではないな。ガイユールの姫という枠からは逃れられない。しかし、少なくとも私との関係においては自由だ」


 幼い子どもに過ぎなかった彼女ならばいざ知らず、今まさに大人になろうとする彼女に対して魅力を感じないわけではない。

 彼女とぼくの関係はブラウネさんやメアリさんとのそれに比して政治的な釣り合いが取れている。言葉を飾らずに言えば。大人組の二人に対してぼくの一言は時に重すぎる。主君と臣下の娘だから。でもゾフィさんはそうではない。形式上ガイユール家はルロワ家の配下にあるけれど、実態は大きく異なる。彼女はぼくに対してある程度まで言いたいことを言える立場だ。

 皮肉なことに、個人としての好意がその政治的立場から生まれてきているんだ。政治的にほぼ対等の存在であるからこそ、彼女個人の存在が好ましい。


「私はグロワス様のことが好きです」


 立ち止まり、ぼくの手を引き、自身に向き合わせ、ゾフィさんはきっぱりと言い切った。

 ぼくはもうすぐ22。彼女は16になる。日本で言えば新社会人と高校1年生か2年生。多分ここが日本なら、ぼくはできる限り相手を傷つけぬように断っただろう。世間体の問題ではない。幼すぎて恋愛の対象にならないからだ。

 でも、ここサンテネリにおいて、ほぼ一国家といっても過言ではない大領の姫という重責を担った彼女は普通の高校生ではない。部活の人間関係やギクシャクする親との関係、あるいは将来の進路について悩む女子高生ではない。彼女は数百万の人々を背負う大公の長女であり、かつその意味を理解している。

 だから、ゾフィさんの告白には甘い香りは無かった。それは一つの政治的決断だったからだ。


「グロワス様、私はもう子どもではありません」

「そのようだ。分かるよ」

「私は父を尊敬しています」

「それもよく分かる。ザヴィエ公は偉大な方だ」

「私はいつもどこかでグロワス様と父を比べてきました」


 こういうことをはっきりと言ってくれる関係がぼくにはとても好ましい。これは多分彼女にしか言えないことだからだ。


「それは光栄だ」

「私はお父様のように素晴らしい方の元に居たいです」

「そうか。——とてもうれしいが、残念ながら私では務まらないな。ゾフィ殿が父として感じられているよりも実際のザヴィエ殿ははるかに有能な方だ。共に政を語ったからこそ分かる」


 ぼくがそう答えるであろうことを予想していたのか、彼女は即座に切り返してきた。


「実は昨晩、父に尋ねました。”陛下のことをどう思われますか”って」


 まぁそう悪くは言わなかっただろう。

 今日のこの状況が物語っている。ザヴィエさんが娘をぼくに嫁がせる気がないのであれば、この散歩自体を取りやめさせていたはず。ゾフィさんが望んだ逢瀬だからぼくに憚る必要はない。娘に一言「ダメだ」と言えば済む話。にもかかわらず、ぼくらは今ここにいる。


「それは怖いな。聞きたくないが、ゾフィ殿は言いたいだろう?」


 冗談めかしてぼくは彼女に笑いかける。


「はい。お聞き下さい!」


 大人の落ち着きを見せたかと思えば、いきなり出会った頃のような明るさも見せる。


「では教えてくれ。ザヴィエ殿はなんと?」

「”王として戴くに値する方だ”と」

「それだけかな」

「はい。それだけです」


 また判断に困る答えだ。どうとでも取れる。ただ、最も身近な肉親であるゾフィさんの反応を見る限り、おそらくは彼なりの賛辞なんだろう。

 ザヴィエさんを見て育った彼女のことだから、自然と理想が高くなる。ガイユール大公と比べられて気後れしない男などそう多くはない。地位の面で言えばこの大陸を見渡しても片手に収まる程度。その中の一人がぼくだ。そして、ザヴィエさん自身も一応ぼくのことを認めているらしい。

 もちろん大陸中を探せば彼やぼくよりも有能な人材はいるだろう。比較対象をぼくだけに絞れば探し出すのはそう難しくない。見つけ出したその男はゾフィさんが思い描く理想の存在かもしれない。可能性は十分にある。

 でも、出会えない可能性もまた十分にある。


 恋愛とはそんな即物的なものではない。心が「この人!」と求めるものだ。そういう考え方もあるだろう。サンテネリに来た当初ならばぼくも拒否反応を示したはずだ。恋愛はそんな打算でするものではないんだって。

 でも、そもそもぼくとゾフィさんは


「一つだけゾフィ殿に伝えておきたい。私はあなたの父にはなれないぞ」

「もちろんです。父は私を娘として愛してくれます。でも、私が求めるのは、女としてのを受け止めて下さる方なんです」

「全てとは?」

「昔グロワス様が褒めて下さった鳥の首飾りを着けた私とガイユールの宝玉石を着けた私。その両方を愛してくれる方の元に居たいです」


 そう。両方。路面店で選んだ小さな鳥の首飾りを愛でる少女も、巨大な宝玉に目もくらむ首飾りを着けた彼女も、どちらもゾフィさんだ。二つを切り分けることはできない。

 ぼくと同じだ。目の前の少女はちゃんとそれを理解している。


「それがゾフィ殿の意志かな」

「はい。これが私の意志です!」

「では、私とシュトロワに来てくれ。——共に暮らそう」


 彼女は無言のまま、ぼくの腕をその胸元に抱きしめた。

 分厚い外套に遮られているはずなのに、ぼくはなぜか彼女の体温を錯覚する。暖かい。

 誰に憚ることなくぼくに抱きついてくれる人は、ここサンテネリではとても貴重なんだ。

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