【少し怖い話】押入れの奥から

高遠 ちどり

押し入れの中から

 私が小学生の低学年の頃にあったお話です。


 父は東北出身で――名産の一つに、うどんがある県です――就職を機に上京した結果、関東のベッドタウンで私が生まれました。


 そのため毎年お盆の時期になると、お墓参りを兼ねた父の帰省のため、私たち一家は祖母が同居している伯父の家にお邪魔していました。


 寝泊まりしていた客間は六畳ほどの部屋で、入って右手の壁は一面、押入れの襖になっている部屋でした。畳だったその部屋に三人分の布団をに並べると、壁ギリギリではありますが丁度綺麗に収まるのです。


 そして、いつもなら川の字に並べられた真ん中の布団を陣取っていましたが、その年に限って「襖側の布団がいい」と自分から希望しました。


 自立心からか、小学生にもなって親に囲まれて寝るのが少し恥ずかしくなり、親に挟まれない位置で寝たくなったのです。あわよくば、白熱灯の下で本を読んで夜更かししようと企てていました。


 珍しい、と言われつつ理由は聞かれず、壁一面が襖になっている右手の布団を陣取りました。


 夕食時、いつも両親は酒でもてなされます。就寝時には、私の夜更かしを気にすることなく眠り、邪魔されることなく夜中の読書を楽しめると高を括っていました。


 待ちに待った就寝時間。一年振りということもあって伯母や従姉妹と話が盛り上がり、布団に入った頃には日付が変わっていました。


 私は襖の方を向いたまま寝たフリをし、両親が眠りにつくのを待ちました。案の定、酒が入った両親はすぐに寝息を立て始めました。薄暗いとはいえ、白熱灯のお陰でギリギリ文字が読めることは、枕元に置いた本の表紙を見て把握していました。


 計算通りの状況にニヤリと笑みを零し、頭上の本を取ろうと手を伸ばした瞬間。違和感を感じて、元の姿勢に戻りました。


 すぐ目の前の襖が、指二本分、開いていました。


 寝る前にも開いていたかは定かではありませんが、少なくとも借りている部屋のため、私たち一家が勝手に開けるようなことはしません。ましてや、宿泊している間に伯母や従姉が押入れに用があるときは一言声をかけてくれるので、誰も襖を開けていないはずなのです。


 こうなっては読書どころではありません。

 明かりの届かない襖の奥に息を飲み、視線をゆっくり上に移した私は、慌てて掛け布団を頭から被りました。


 押入れの上段で体育座りをした見知らぬお爺さんが、私を見下ろしていたのです。


 見たのは一瞬でしたが、押入れの中の暗闇で何故か薄っすら見える全身と、真顔で見下ろしてくる様子を思い出して、「もし押入れから出てきたら、どうしよう」と夏用の薄い掛け布団の中で震え上がっていました。


 助けを求めようにも両親はぐっすり寝入っており、夜更かしがバレるかもしれないと思い、起こすに起こせませんでした。


 隣で眠る母の布団にできるだけ寄って、大人しく朝を待つ間に眠ってしまったらしく、実はそこから先の記憶がありません。


 翌朝、寝ぼけ眼の父を急かして襖を開けてもらいました。ありがちな話ですが、押入れには布団が天井まで積み上げられており、小学生の私でさえ入るスペースもありませんでした。


 震えた声で起きたことを父に訴えて寝場所を交換し、その日に出かけた湖の畔にある神社で御守りを授かると、就寝時はその御守りを握りながら眠りにつく程、怯えていたのを覚えています。


 その御守りのお陰なのか、それとも場所を移動したからなのか。その日以降、お爺さんは現れなくなりました。


 あのお爺さんは一体誰だったのか。関東の家に戻っても謎は解けないままでしたが、その謎は意外にも、翌年のお盆に解けました。


 いつものように伯父の家にお邪魔し、仏間で挨拶を済ませたときのことです。

 仏壇の前に座っていた父が目の前を通るのを視線で追うと、仏間の鴨居に遺影があることに気がつきました。


 男性が二人、女性が一人。勿論、親族だろうと父に尋ねると曾祖父母と祖父だと説明されましたが、私は順に指される写真の一つから目が離せなくなりました。


 それは祖父の遺影でした。父が結婚する前に鬼籍に入り、私は顔すら知りません。ですが、あの襖の奥から私を見下ろしていたお爺さんは、間違いなく祖父でした。


 お盆で家に帰ってみれば、孫が夜更かししようなどと邪なことを考えていたから叱りに来たのでしょうか。


 それにしても、怖すぎる忠告です。

 その忠告の仕方は功を奏し私はそれ以降、伯父の家でコッソリ夜更かしすることはなくなりました。


 もちろん、祖父の姿も見ていません。

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