後編 トイレの中でスペシャルなお仕置きをしてやるぜ!!

 堅牢な材質で作られた建物内の、狭い個室。

 メアの目の前には洋式の便器、壁にはトイレットペーパー。


「ここは……?」

「トイレだ」

「っ、この声はさっきの人間!? どこに隠れているの!?」

「隠れてなどいない」

「え?」

「お前は今、俺の体内にいるも同然」

「え?? ご、ごめんなさい。意味が分からないわ」


 くっくっく、困惑しているな。


「ヒントをやろう。この空間は、俺の”変化魔法”で生み出したものだ」

「……ま、まさか!」


「そう――俺が、トイレだ」


 くうう! 一度言ってみたかったんだよな、「俺が、〇〇だ」みたいなセリフ。

 まさかトイレになるとは思ってもみなかったけど。


「防音性と頑丈さを兼ね備えた作りだから、周囲から攻撃されることも、俺たちの声が外に漏れることは無いだろう」

「……っ! 最低!! 私を凌辱するつもりね!?」

「ちげーよ!!」 


 ……と否定したが、確かにそう思われても無理はない。

 なんせ、村人たちをごまかすために「スペシャルな拷問をする」とか言っちゃったからなぁ。


「信じてもらえないかもしれないが……お前を助けたかったんだよ」


 そう。

 いじめられていた頃の自分の姿と、メアの姿を重ねてしまった俺は……


 尿意が限界に達した彼女を救いたいと心から願い、公衆トイレへと姿を変えたのだ。


「ふん。魔王を助けるなんて、とんだ勇者ね」

「憎まれ口はいい。ほら、さっさと便座に座れ。そろそろお漏らし寸前だろ?」

「デリカシーの無い人だこと」


 彼女は言いつつも便座に座る。

 同時に、個室内に自然音が流れ出した。


「この音は……?」

「トイレの音が外に聞こえないようにするための音楽だ」

「ふうん、私なんかに優しいのね……」


 メアは嬉しそうに頬を染める。

 こうしてみると、ふつうの少女にしか見えない。

 どうして悪事を働いているのだろう。


「なあ、助けてやる代わりにとは言わんが……なんでお前はひどいことをするんだ?」

「……他の人間たちには聞かれたくないのだけれど」


 彼女はそう前置きして語り始めた。


「あなたにだけは、話すわ」




***




 昔、私が小さかった頃。

 食材調達のためにこの村を訪れたことがあったの。


『やーい、悪魔!』

『魔族の醜いデブめ』

『光栄に思いなさい? 私たちの玩具おもちゃにしてあげる!』


 小さかった私は、今とは違う体型で……

 魔族と知った人間の子どもたちは、私が来るたびに罵声と暴力を浴びせてきたわ。


(今に見てなさい……。いつか、強くなって目にもの見せてやるんだから!)


 それから私は成長して、修行を重ねて――


 やがて、魔族の長として『魔王』と呼ばれるまでになった。


『ふふふ、人間ども……あの時のお返しをしてやるわ!』




***




「こうして私は村を襲うようになったの。本当はちょっと怖がらせて終わりにするつもりだったのだけれど、定期的に人間たちを弱体化させておかないと、また仕返しされるかもしれないと思うと、怖くて……」


 罪を告白するように語ったメアは、両腕で自らのふるえる身体を抱いていた。


「お前も、大変だったんだな」

「……あなたに何が分かるの?」

「分かる……とは言わない。ただ、俺の話も聞いてくれるか?」

「……勝手にしなさい」


 言葉とは裏腹に、メアは俺の言葉に耳を傾ける体勢をとった。


「俺も、小さい頃いじめられていたんだ」


 出会って間もない相手に自分の弱みをさらけ出すようで……俺はどこか、羞恥心を覚えながらも語った。


「いつか復讐してやろうって、ずっと思ってた。お前と同じように」


 今でもいじめられていた頃の記憶は消えない。痛みも、辛さも、忘れることなく刻みつけられている。


「そいつらに復讐することは叶わなかった。代わりに、お前に憎悪をぶつけようと思った」

「なら、どうして助けたの?」

「重なったんだよ、昔の俺と、お前の姿が」


 先ほど村人たちに罵詈雑言を浴びせられ、石を投げられていたメア。

 そんな彼女を見て、俺は自分がやっていたことを恥じた。


「俺は、昔のいじめっ子らと同じことをしてしまってたと気付いたんだ。抵抗できない相手をいたぶるような、恥ずかしいことを」


 そしてそんなことをしてしまった自分を、ひどく嫌悪した。


「俺はそいつらと同じような人間にはなりたくない。俺みたいにひどい目にあう人間だって増やしたくない」

「だったら、どうしろと……?」


 静かに聞いていたメアが、語気を強めて言った。


「私だって、本当は仲良くしたいし、穏やかに過ごしたい。ひどいことをしてきた奴らと、同じようになりたくはない。でも! もう後戻りなんてできないじゃない!! たくさん、たくさん、人間たちにひどいことをした……これから私、どうすればいいの……?」


 メアは便座に座ったまま、両手で顔を覆い泣き崩れた。


「大丈夫だ。全て、俺に任せろ」

「うっ、うう……」


 俺の言葉に安堵したのか、メアは声をあげて泣いた。

 そんな彼女の涙に、俺は強い使命感を覚えた。


「もう限界……漏れちゃうぅ……」


 同時に、全てを受け止める決意も固めた。 


「……とりあえず、用を済ませてくれ。話はそれからだ」




***




 俺はメアから殴られたことと、を水に流し……

 打ち合わせの後に変化魔法を解いた。


 今、俺とメアは、大勢の村人たちの前に立っている。


「勇者どの、拷問は済んだかの?」


 人々の先頭に、先ほど助けた賢者が歩み出る。


「ああ、ばっちり済ませてやった」

「ふむ。よっぽどひどくいたぶったようじゃな……」


 賢者はメアの様子を見て唖然とした。

 メアはひどく泣きはらしたためか、目の周りが赤くなっている。


 本当は拷問したわけではないのだが……村人たちには勘違いさせておいた方が都合がよいだろう。


「みんな、聞いてくれ。魔王メアは拷問により、悪しき心を砕かれ……俺の仲間となった」

「な、なんと……!」


 俺の発言にざわつく村人たち。


「彼女はこれまでの行いを改め、俺と共に人々を救う旅に出る。いいな?」


 俺はそう言うと、メアの肩を叩き、前へと促した。


「あ、あの……今まで、ごめんなさい」


 メアは村人たちへ深々と頭を下げた。


「罪の無いみんなに、私の勝手な行動でたくさん迷惑をかけたわ。これからは勇者さまと一緒に、苦しんでいる人たちを助けるように頑張ります」


 そう言ってもう一度、深々とお辞儀をした。すると――


「ちょっといいかしら」


 村人たちの中から、男女数人が前に出る。

 メアと同年代くらいの少年少女たちだ。


「あ、あなたたちは……!」


 メアの反応を見るに、彼らが因縁の相手らしい。


「そうよ。小さい頃にあなたをいじめていたの。覚えているわよね?」


 強気そうな少女が先陣を切り、ストレートに言った。

 どうやら彼女がいじめっ子たちのリーダーのようだ。


「これまでのことは、私たちへの復讐のつもりだったのでしょう?」

「う……うん」

「だったら、私たちだけを狙えばよかったのに――なんて、言うつもりは無いわ」


 少女はそう言うと、持っていた短剣で、自らの長い三つ編みの髪を切り裂いた。


「私たち、ずっと隠れていたの。見つかったらひどい目にあわされるかもってね」


 どよめく周囲をよそに、少女は続ける。


「村のみんなにも、私たちのやったことがきっかけだってバレたらタダじゃすまないと思って黙ってたわ。でも、あの時、外見や出自が違うだけであなたにひどいことをしてしまったこと……ずっと、心から悔いていたのよ。本当にごめんなさい」


 少女が頭を下げると、少年らも続いた。


「私たちにできる罪滅ぼしならなんでもするわ」


 そんな言葉を聞き届け、メアは少女の目の前に手を差し出した。


「じゃあ、友だちになってくれる?」

「……そんなことでいいの?」

「ええ。本当はね、みんなと仲良くなりたかったの」

「……物好きね、いじめてきたヤツと友だちになりたいなんて」

「ふふふ、魔族には変わり者が多いのよ」


 そう皮肉っぽく語り、メアと少女は固く握手を交わした。

 その様子に周囲からは拍手が起こり、和やかな空気が村に広がっていった。




***




 その後、「別の村に困っている人たちがいる」という賢者の予知を聞き、すぐさま俺とメアは村を発った。

 様子を見るに村人たちとメアとのわだかまりは解消されたらしく、別れの際には笑顔で俺たちを見送ってくれていた。


「ねえ」


 村を離れ、しばらく森の中を進んだところでメアが。


「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったわ」

「ん? ああ……俺の名はフミタケだ」

「ふうん」


 え、それだけ?


「これから何て呼ぼうかなって」

「ああ、そういう事ね」

「……ありがとう、フミくん」


 はあ!? フミくん!?

 と驚いたのも束の間、メアは俺の左手を握ってきた。


「な、おま……?」

「だって、仲間でしょう」


 いや、まあ、そうは言ったけど、方便みたいなものだったんだが……。

 つーか、仲間って手をつなぐものなの?

 陰キャぼっちだった俺には分からんな……。


「別に無理しなくてもいいんだぞ」

「あら。好きでやってるんだけれど」


 そんな風にいたずらなほほえみを向けてくるな。

 惚れちゃうだろ!


「まあ、色々と恥ずかしいところを見せちゃったんだから……」


 彼女はそう言うと、俺の肩にぐいっと身体を寄せてきた。


「最後まで責任取ってね?」

「う、ううん……?」


 顔を赤らめながらも顔を近づけてきたメアに、この時は曖昧な返事を返すしかない俺だった。




 そんな彼女と俺は、大冒険の果てに世界を救い、やがて結ばれることになるのだが……


 それはまたいつか、別の機会にでも語らせてもらうとしよう。



<了>

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異世界に転生しましたが、授かったのが最低最悪な能力で絶望しています。~こうなったら、スキル【尿意】で美少女魔王を屈服させてやるぜ!!~ こばなし @anima369

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