第5話 嘘でも大袈裟でもなく、本当に一言も話さない中学生活の幕開け。

中学一年生のはじまりは、タイトルの通りである。

正確には、別に素行不良ゆえの沈黙ではなかったので、先生に指示された場合は返事をした。

雑談というものを一切しなかった。

する相手が居なかった、というのがより正しい表現だ。


二つ上の姉である葡実ちゃんが、諸事情により学区外に進学したということを理由に、私も自動的に学区外の中学校へと入学した。

もともと小学校時代に培った人間関係も片手の指で事足りる人数なので、学区外だろうと学区内だろうとどっちも変わらんだろうと思っていた。

入学式を終えて移動した教室に入った瞬間にその見通しの甘さを痛感した。


式典を終えたクラスメイトたちは、教室に入った途端よそ行きの皮を脱ぎ捨て和やかに談笑し始めたのだ。

なんと私を除くほとんどのクラスメイトが各小学校からの持ち上がりの旧知の仲だったのだ。

新しい環境への淡い期待に照らされていたお花畑の脳内に春の雷が落とされた。


裏切られた!と


私は基本的に楽観主義者だ。

事が起こる前は、根拠も無く『何とかなるだろう』と何とかなった事例の少なさを綺麗さっぱり忘れて、さも大物のように泰然と、さあ来いと待つ。


その一方で、楽観主義が善い方向に作用するための度量の広さというものは持ち合わせていない。

なので、実際蓋を開けた途端、ぴーぴーと『こんなはずでは!』泣き喚いて慌て出す。


家族は突然の私のテンションのビッグウェーブに『あんなに余裕で構えてたのに、突然どうしちゃったの??why?!』となるわけだ。


全人類が初めましてこんにちはの状況でも、きっと、たぶん、絶対、自分からこんにちは出来ない私が、既に立派に構築されている友達の輪という牙城に無策で攻め込んで行くことなど出来るわけもなく、

入学式の次の日から、文字通り虎視眈々と虎の如く獲物(クラスメイト)の誰かが孤立するのを待ち続けた。

そうして、虎視眈々と、淡々と、まさかの一月が経過した。

そうして4月も下旬に差し掛かった頃、中学生活に馴染み始めた教室内の空気からフンワリ浮き始めている自分の存在が露呈することを恐れた私は、休み時間は“廊下の窓から外を眺めるのに忙しい私”の演出を徹底した。

当時の私は、これでほぼ孤独な私は隠蔽出来たと、信じていた。


5月に入り、暇を持て余した私は、教科書を隅々まで読み込んで勉学に勤しんでみたり、学内の早朝清掃ボランティアに参加するようになった。

このまま3年間私は学業とボランティアに打ち込む窓の外を眺め続ける優等生となるのだと思い始めていた頃、唐突に声を掛けてくれた女子生徒2人組が居た。

テンポが良いとは言えないボケとツッコミの掛け合いをしながら私を会話にいれてくれようとする2人の態度は親切心に溢れたいた。

人から向けられる関心に飢えていた私は、2人の作ってくれたオアシスに無我夢中で飛び込んだ。

集団の中の孤独という恐怖に窮屈のキュウキュウななっていた心は、久方ぶりの開放感に大いに羽を伸ばした。

そうして数週間ほどオアシスのほとりで過ごしていると、この心地良いはずの湖の水を飲むと喉に少しむず痒くなるような、そういう些細な違和感を感じるようになった。

まず、2人の言葉遣いに文化的違いがあったこと。

女の子の一人称『オレ』や、唐突に挟まれる漫画的表現のリアル流用『ほぇ?』はどうしても受け流し難かった。

心に引っかかってしまう、どうしても何故か受け入れられない。


現代社会の教えである、個々の個性を受け入れましょうという概念は当時の私には無く、『何か嫌だ』と、そこで思考がストップしてしまった。


積み上がった違和感の山を割り切って上手く心の折り合いがつけられるほど器用な訳も無く、2人の誘いを何度か断るうちに再び私は孤独の日々へと戻っていった。


学校へ行き、早朝ボランティアをし、真面目に授業に打ち込み、帰宅したら葡実ちゃんのファイナルファンタジーのプレイを見る。

こんな健全すぎる日々が淡々と過ぎていった。




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まくらのそうし @amamoripotsuri6

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