岸崖ピエロ

臆病虚弱

本文

          ―――――


 雑音は無い。波打つ音も忘れてしまう。

 

 それだけおれが風景に魅入られているということなのだろう。

 


 崖上から遠く見る浜と海。

 それは別格だ。

 ちょっとした思考さえも間延びして。

 

 波が打ち退くリズムに支配される。

 音は忘れている筈なのに。

 なかなかどうして。

 ゆったりとする。


 ――でも、馬鹿な思考からは逃れられないんだな。

 おれは苦笑した。

 

 どれだけゆったりと、たわんだ糸のように思考が遅くなっても。

 おれの思考からは逃れられない。

 夏休みみたいに。

 

 そうだ、夏休みみたいだ。

 休みの渦中は、ゆったりと時間を浪費する。終わりの日は知っている。刻一刻と近づいている。その日は避けられない。ゆっくりと、確実に近づいて来る。

 毎日遊んで楽しむような体力のある人間じゃあなかったから。

 結構な日をだらだら無駄に過ごしたな。夏休み。

 今だってそうだ。

 もうすぐやってくる終わりの日を目指して、時間は進むことしかできない。

 

 でも、その日までに人生を終わらせれば?

 

 そしたらやっと、この思考からも、夏休みの終わりからも逃れられるのかもしれない。

 

 馬鹿な考えだな。


 でも、終わりを待つのも同じくらい馬鹿らしい。


 海の波が夕陽を受けて輝いている。

 輝きの反射は波のリズムに乗っている。

 間延びしたリズムだ。


 美しい。


 醜いおれが、ここに飛び込んで、下の岩に激突しても。

 醜い死体が、断末魔をあげた後、海の中へずり落ちても。

 醜い肉塊が、血をにじませて、海の波にさらわれても。

 きっと美しいままなのだろう。

 醜いものを押し消してくれるのだろう。

 

 そうさ、浜に打ち上げられた醜いゴミを見ればわかる。

 あの中におれが入るだけだ。

 あれはおれだ。

 

 だから今日こそ安心して。

 ゆったりとして終わりたい。

 非力さから、愛する人を裏切って。

 愚かさから、愛してくれる人を裏切って。

 醜さから、愛したい人から愛されず。

 子供のような己を押し殺して、笑いの仮面とってつけて。

 その醜い感情を押しつぶした仮面も海の波にさらわれて。

 一時の気の迷いに永遠に身を浸していたはずのおれは今日、迷いを失う。

 

 こんな風にひょいと簡単に。

 ああ、身体が落ちていく。くだらないことで死んじゃうぜ。はは。

 無意味に振り返ってみちゃったり。

 

 「ああ、嘘だろ」


 おれを追って手を伸ばしている。

 愛したい人が愛を示している。

 あれから追っていたのかよ。

 おれのこと見ていたのかよ。

 ああ、おれは馬鹿なことを。

 ああ、おれは後悔するのかい?

 それもまた、馬鹿な道

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

岸崖ピエロ 臆病虚弱 @okubyoukyojaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ