最終章 僕に空は遠すぎた
目を開く。
今日も今日を迎えた。
けど、視界はところどころ暗くて、息をするので精一杯。
手を動かすのにも時間がかかる。
そっと目を閉じる。
……今日は、ヒカリは、来ないかな?
ヒカリも僕につかれちゃったかな?
ああ、またこのもやもや。
これは、やっぱり、
「寂しかった?」
「__!」
目を開く。
色のない病室には眩しい黄金色の髪。
無邪気な笑みは消え、憂いを帯びた笑みが張り付いている。
そして白い羽と金の輪は、どこにもなかった。
「__、__!」
もう声も出ない。
「君の願いを確認しに来たよ?あのね、ぼくももう長くはないんだ。無理やり人間になったから……」
「__」
息の仕方を忘れた。
重かった体の感覚が消えた。
血の気が引く。
「レンは寂しかったんでしょ?」
寂しい
知ってた。わかってた。見ないようにしてきた。
他の子たちにお見舞いが来る度、両親が面会から帰る度、嫌でも気づく。
だから一人になったときは不安だったけど、安心した。
これで寂しさを感じることが減るって。
一人は孤独で寂しいけど、傷つくことはなかった。
「だから、友達になってあげようと思って。」
「……ぃ、いらない……」
「え?」
「……そんなの、いらない……ねえ、天使に、戻ってよ……僕を、連れて行って、くれるって……言ったじゃないか……」
「ぼくは求めすぎたんだ。見てよ、これ」
ヒカリは背を向ける。
「__!?」
そこにはべったりと血がついていた。
「もう、羽がないの。わっかもない。ぼくは今ヒカリだよ。ただの人間。」
なんで、
「ぼくは感情を求めすぎたんだ。で、最期のお仕事は達成させようと思ったんだけど……」
ヒカリは僕を寂しそうに見る。
「間違えちゃったみたいだね」
「__!」
「ねえ、君の願いは何だったの?」
「……僕、は、君の羽、が、好きだった。」
「よく触らせてって言ってきたもんね。」
視界がぼやける。
苦しいのは息がうまく吸えないからか、それとも罪悪感からか。
「……僕は、君と一緒に、空を飛びたかった。」
「えっ……」
なんとか目を開く。
ヒカリは大きな目を更に大きくしていた。
「……ごめ、ん、ね、ヒカリ……。君から、天使を、奪って……」
ヒカリは笑った。
「ぼくからはありがとう。ぼくを美しい人間にしてくれて。」
「……?」
「やっと、わかった。これが、幸福なんだね。ぼくのことを心から思ってくれて、ありがとう。君に出会えてよかった。レン、名前をくれて、ありがとう。」
ヒカリは泣いていた。
僕も泣いているんだと思う。
「レン、ぼくね、レンと同じところに行くみたい。ぼくのほうが早いけど。」
ヒカリは幸せそうに笑う。
「ぼくね、幸せ。死んでもいいよ。」
僕も笑う。
「……ヒカリ。僕も、幸せ。死んでも、いいよ……」
ヒカリは小さな笑みをこぼし、僕の真横で倒れた。
空から羽が落ちてきたみたいに静かに、美しくその命の火を消した。
僕はあとどれくらいだろう?
今すぐにでも会いに行きたい。
その時、目の前に羽が映った。
「__!?」
光を放っているかのような金色の短い髪。
頭の上にある大きな金色の輪。
真っ白な眩しいくらいきれいな羽。
ヒカリと同じ顔の天使。
その黄金色の瞳は不思議と美しいと感じなかった。
なんの感情も映ってない、ただ眩しいだけの、うすっぺらい金色。
『やあ!ぼくは天使!君の願いをそこの元天使に変わって叶えに来たよ。』
そいつは無邪気に、ヒカリと同じ声で話し、笑う。
「……」
僕は天使を睨みつける。
嫌だった。
ヒカリの代わりなんていくらでもいるって思うのが。
姿が同じならばいいと思えない自分に安堵する。
目の前にいるのはヒカリの偽物だ。
『どうしたの?』
「黙れ、偽物……」
『ぼくは天使だよ?』
「……お前はっ……ヒカリじゃない……」
『ヒカリ……?ああ!そこの違反者のことか!あたりまえさ、そんなのと一緒にしないでよ』
そいつはヒカリの顔で笑う。
人を食ったような笑顔だ。
『ねえ、君の願いは?』
こいつも願いを訊いてくるんだ。
胸の奥から血と笑いがこみ上げてくる。
……そうだ。なら、叶えてもらおう。
「……僕たちを、そこの、窓まで」
『いいよ。』
天使は僕たちをそっと抱きかかえる。
狂った感覚でもわかるほど優しくて、あったかくて、心地よかった。
そしてヒカリは人形のように冷たかった。
体温なんて元からなかったみたいだ。
そっと、天使は窓の目の前でおろしてくれる。
倒れないように僕たちを支えてくれているのがわかる。
天使の顔を見ると、やっぱりうすっぺらい目をしていた。
……初めて、ここに立つ。
四階ということもあってかなりの高さだ。
下は雪が積もっているが空は吸い込まれそうなほど青い。
ヒカリはあそこに吸い込まれてたんだ。
「……ヒカリ、一緒に空を飛ぼうね。」
僕はヒカリを抱きしめ、窓から身を投げだした。
『……最後に一つ、お願いがあります。』
愛しい我が子は私を真っ直ぐ見つめる。
『ぼくを……ヒカリにしてくれませんか?』
覚めない眠りについた違反者は、小さな希望に抱きしめられながら、雪の羽を生やした。
願いに眠る 猫雨 @amenukko
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