ここにいる

@tatsukimituru

ここにいる

タバコを買った。今まで吸ってこなかったから銘柄もよくわからんくて、テキトーに思いついた数字言ったらセブンスターが出てきた。それがなんかめっちゃ俺の外の出来事って感じで、システムに乗れた感じで心地よかった。コンビニ出るぐらいでライターを買ってないことに気づいた。家にコンロもあるしいいかなって思ったけど、やっぱり引き返した。レジの前に置いてあるライターから緑色のやつを取って会計した。猥雑な色は嫌いやけど、いつもの俺と違う文化圏に入ったことの証拠みたいで、これはいいかなって思った。帰り道が退屈で、もう吸ってしまいたくてガムみたいな仕組みのビニールをめくった。固めの紙が妙に安心感があっていい感じで、箱もよくできてて企業努力やなっておもった。タバコを挟んで、会社員たちとアウトローな人たちがいるんやなって、ギャップやなって考えて、それだけ。テレビで見たみたいに底をトントンしてみたけど、何も起こらんかった。指でつまんでやっと出した。タバコは滑らかやった。人差し指と中指とか中指と薬指とかで持つのはなんか恐縮で、親指と人差し指で、口とタバコの距離を測りながら唇に持っていった。舌で湿らせないよう唇で咥えて、それがなんか慣れてないって感じでくすぐったくて、ちょっとにやけた。唇に咥えたタバコは思ったより軽くて、なんか心許なかった。右か左かに入れたライターをまさぐって取って、2、3回火を付けてみた。ゆっくり火を近づけて、やっぱりこわいからタバコを手で持って火をつけた。一回火がついてからそれをふって消して、火が燻ってるみたいでいい感じになった。炭素の粒子が白い煙をしてる。バイト先の居酒屋のトイレにあるお香を思い出した。次はやっぱり人差し指と中指でくちでに含んだ。ゆっくり吸い込んで、多分白い煙を肺に入れた。煙は空気よりも抵抗がかかって、ゆっくり肺に広がった。咽せるって聞いてたけど案外大丈夫で、ちょっと頼もしかった。吸う前は、もっと甘くてゆったりした、豊かな匂いがくると思ってた。けど、実際はただの煙で、特にそれ以上の感想もなかった。試しに未来のことを考えてみたりしたけど、やっぱり俺の頭じゃあんまりわからんくて。けど、きっとこの一箱吸い切ったら結構人生変わるんやろなって思った、ぐらいで。予想してたけど、別にいつも通りの俺でつまらんかった。水面にえいって目を瞑って飛び込んで、実は水なんてなかったって、感じ。全部やってみたくなって、5回ぐらい吸った後ポトッて地面に落として、そんでタバコをくしゃって踏んだ。止まって見たかったけど、ダサいしやめといた。止まらずに、後退していくタバコを目だけで追った。それは道でたまに見るみたいに折れ曲がってて、足組んでるみたいにちょっとセクシャルやった。


家に帰って、ソファに座ってる時も一本吸ってみた。俺にとって日常すぎるこのソファで、視点で吸ってみたらどうなるかなっておもったけど、やっぱりさっきと同じ感想やった。おれは、退廃的なものに憧れるときがあって、それがその時やった。すでに短くなったタバコを鉛筆持つみたいにしてソファに押し付けた。煙の匂いがした後プラスチックの溶ける、化学的な匂いがした。フワッと柔らかい布の魔法が解けて、石油からできた化学物質の存在が立ち現れた。そのいやらしさに、なんか妙に安心感をおぼえた。まだ燃える。このまま燃やす。火は五百円だいにクレーターを作る様に広がってきた。動けへんかった。消さないとっていう気持ちと退廃に憧れる気持ちが釣り合ってるのがわかる。客観視してるのがわかる。けど、その現実と一体化していく没入の感覚もある。延髄らへんが熱くて、どんどん現実に意識が擦り合わせられてるみたいやった。弱い光が、仄痒く線を残して口に入った。火がオーストラリアとか四国みたいな形を作ったぐらいとき、体の中で何かが弾けて、体が動いた。持っていたタバコを机におしつけて、落ちてたTシャツに天然水をかけてそれで火を覆った。コナンで見た通りにやったら上手く消えた。その上から水とか、コンタクトの洗浄液とかもかけた。俺のなかで、風呂入ったあと金曜ロードショー見てるみたいな、終わりに付随する独特の満足感がおこった。蒸発した小さい水滴の一粒一粒がなんか陽気な動きで、嗤ってるみたいに消えてった。俺はタバコにもう一度火をつけた。咥えて、唾で湿ったタバコは少し甘くて、吸い込んだ煙は、まだつまらない味のままやった。

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