子爵令嬢のカツラをうっかり暴いてしまった俺が、彼女を幸せにする話

柴野

本文

 これはまずいことになった。


「キャーーー!!!」


 高い悲鳴を上げ、蹲るのは一人のうら若き少女。

 宝石をふんだんに散りばめたドレスは美しく、相当気合を入れてきたのだろうとわかる。見覚えのない顔なので、社交デビュー直後なのだろう。

 そんな彼女の頭部は眩いシャンデリアの光を映して輝いていた。


 名も知らぬその令嬢は、つるっぱげだった。


 別に俺は彼女の禿頭を見たかったわけではない。

 俺は下っ端の騎士として夜会の警備を任されている。職務の最中、会場の隅に設けられた休憩室にて小柄な令嬢を無理矢理襲おうとしていたクズ男がいたので、引き剥がして止めただけだ。

 ただ、その時にクズ男が引っ掴んでいた令嬢のハニーブロンドの髪がずるりと剥がれてしまった。


 以上が、カツラバレの経緯である。

 俺は呆然となり、クズ男は目を見開き、令嬢は地面に崩れ落ちた。


「……あ、あの、すみません。そんなつもりじゃ」


 とは言ったものの、言い訳をしたところで何にもならない。

 後日、俺は令嬢宅に呼び出されることになった。


 ちなみにクズ男は令嬢へ乱暴を働いた罪で投獄されたらしいが、俺の知ったことではない。




「先日は取り乱してしまい、申し訳ございませんでした。私、フェイリィ子爵家のルルと申します」


 ただの警備の騎士の俺が令嬢を怒らせてしまったのだから、お咎めは厳しいだろうと覚悟していた。

 それなのに、俺を出迎えた彼女に逆に謝られてしまった。


 彼女……ルル嬢の背後にはご両親である子爵夫妻が立っていたが、彼らも俺を責めはしない。

 ただ淡々と事情を説明される。


 ルル嬢は病弱であり、病気の治療の際の投薬で毛が全て抜けてしまったこと。

 デビュタントのためにカツラを特注で作り、夜会に臨んでいたこと。

 俺は恩人ではあるが、彼女の貴族令嬢としての尊厳を守るために責任を取ってほしいこと。


「私と婚約していただきたいのです。どうか私の花婿となってはくださいませんか。私はこの家の一人娘ですが、体が弱いので家を継げませんから」


 俺に首を横に振る選択肢はない。

 何より――どこか哀しげで、申し訳なさそうな彼女の瞳を見て、その手を取りたくなった。


 幸せにしたいと思ってしまった。



*※*※*



 ルル嬢は、一日の大半をベッドの上で過ごしている。

 だがたまに外に出ては軽く運動をする。「殿方のように剣を振ってみたい」と夢を語る彼女に俺は提案した。


「それなら、俺が教えましょうか」


「よろしいのですか?」


「もちろん!」


 汗ばむからとカツラを外すので、代わりに俺が普段使いしている騎士の兜を被らせ、剣を握らせてみた。体力がないのですぐに落としてしまったけれど、とても満足そうだった。


「ありがとうございます。この兜、ごわごわしたカツラよりずっと肌触りが心地いいです」


 ……どうやら剣よりも兜を気に入ってくれたようだ。


「安物ですが、良かったら差し上げますよ」


 それが俺からルル嬢への初めてのプレゼント。

 古びた兜はなぜか彼女によく似合っていた。


 貴族令嬢が被るに相応しいかといえば絶対に違うだろう。しかし喜んでくれているのなら、それでも構わない。

 いつしか、ベッドの上でぼんやりしていることの多かった彼女に笑顔が増えていった。


 そんな彼女を見ると、俺はたまらなく嬉しくなった。


 もちろんいいことばかりではない。庶民の俺と婚約したおかげでルル嬢が嫌な思いをすることが少なくないのだ。

 何か事情があるのでは、と当然勘ぐられたりもして、そういう輩の前には俺が立ちはだかった。


 彼女の秘密を知るのは俺だけでいい。俺以外に知られたくはないから。


「ありがとうございます。……でも、そこまでしてくださらなくてもよろしいのに。あなた様にとってこれは、不本意な婚約でしょう」


 それに、と彼女は続ける。


「私はいつもいただいてばかりです。美しさで殿方の目を楽しませることすら私にはできない」


 カツラを脱げば、彼女の頭は依然として毛が生えていないままだ。


 病弱でまともに外にも出られず、せっかくの社交デビューがあんな風だったから、自信を無くしてしまっても当然かも知れない。

 だが、彼女に魅力がないなんてことは決してあり得なかった。


 ルル嬢は可愛い。触れ合ううちに、俺がすっかり惚れ込んでしまったくらいには。

 最初は不本意なカツラバレから始まった関係だった。可哀想だと思ったから幸せにしたかった。でも、今は違う。


「悔しく思う必要なんてありません。俺は、貴女を幸せにしたいんです」


「あなた様は本当にお優しいですね」


「俺がすっかり禿げてカツラが必要になる年頃になっても、貴女と共にありたい」


 想いのままに小さな体を抱きしめ、つるつるの頭を撫でた。

 そうするとホッとしたように彼女はふっと頬を緩めて、俺の耳元へと囁く。


「ごめんなさい、先ほどの言葉は冗談です。あなた様という婚約者がいてくださるだけで、私は充分幸せ者ですよ。――これからもお願いしますね」


 ルル嬢の表情は、嘘偽りなく幸せそうに見えた。

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