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 電球になった幼なじみが吊り下げられただけの無機質な部屋。その部屋の隣に突然現れた扉の向こう側は、小さなシアタールームのようだった。学校の授業で使われるようなスクリーンが下ろされていて、恐らく映写機と思われる古い機械が俺達の映像をそこに流している。

 今丁度、画面の中の俺がカナタからどんぐりを受け取っている所だった。

 スクリーンから少し離れたところには、おくつろぎ下さいと言わんばかりにソファが置かれている。


「……気味悪い」

「ねえ、そっちなにがあったの」

 映写機はスクリーンに向かって映像を映し続けている。カナタと初めてまともに話した場面が終わると、次々と場面が切り替わっていった。

「俺達の子供のころの映像が流れてる。ダイジェストでだ」

 隣の部屋まで聞こえるように声を張り上げると、うげえ、と引き気味の声が返ってくる。

「趣味の悪いストーカーの部屋じゃん……」

 画面が切り替わる。今度は中学の修学旅行の映像を流し始めた。公園にいるシカを追いかけて迷い掛けてるカナタの首根っこを、俺が掴んでいる。

「でもまあ、丁度いいや」

「は?何が」

「さっきの話の続き。一番嬉しかった時はいつだったかってやつだよ。見返しながらなら決めやすいだろ?」

 隣の部屋から聞こえてくる声の調子は、相変わらずこの不気味な状況に似つかわしくないぐらい軽い。

 林間学校でのあの時もそうだ。辺りが鬱蒼と生い茂る木々に囲まれて、周りには先生はおろか俺達以外の生徒もいない。そんな状況でも、こいつは今みたいに笑うようにして喋っていた。


 俺は小さいシアタールームを出ると、ぶら下がる電球の下にまたあぐらをかいて座った。

「いやいい、見返さなくても地力で思い出す」

「どうして?見ながらのほうが良くない?」

「ビビってる奴部屋で一人にさせてるの、落ち着かないんだよ」

 少しの間、部屋に沈黙が流れた。右へ左へ、静かに電球が揺れるのを視線で追いかける。

「そっかあ」

 不安なときほどそれを誤魔化そうとして無理矢理明るく振る舞おうとする。カナタのその癖が、この部屋ではずっと出ていた。


 こいつはずっと、怯えてるんだろう。


 +


 そういえば、この映像の終わりはいつなんだろうか。今までの人生を振り返っている最中、そんな疑問が頭に浮かぶ。俺とカナタはなんだかんだ進路が被って大学まで一緒だった。就職してからはカナタが多忙でなかなか会えてなかったが、連絡は取り合ってた。区切りを入れるとしたらその辺りだろうが、もし今現在の、この部屋にいる姿が映し出されたらなかなかに恐ろしい。できればそうならないで欲しいが、果たしてどうなんだろうか。

 隣の部屋から、流れてる映像の音声が聞こえてくる。バイトって単語を言うカナタの声がしたから、今は高校生編を絶賛上映中なんだろう。

 カナタの光はどんどん弱まっていってる。流石にどうにかしないといけないのに、部屋はあのシアタールームが現われて以降それ以上の変化を見せない。


「……ツキ、じゃあ、俺が一番嬉しかった時教えるよ」

「なあ、その話今じゃ無いと駄目か……?流石に、ここから出る方法考えた方が良いんじゃ」

「今じゃないと駄目」

 やけにきっぱりとカナタはそう言った。

「……俺がさ、もう無理かもって、色々限界かもって会社の愚痴溢したらさ、お前悔し泣きするくらい怒ってくれたんだよ。その時、その時が一番嬉しかった」


 電球の灯りが、カチカチと音を立てて明滅する。耳鳴りがした。

「……待てよ、それいつの話だ」

 今カナタが言ったことが、記憶に無い。就職してからは数える程しか会えて無いのに、いつのことだか思い出せない。

「ツキ、会ってるんだよ。俺達、ここに来る前に会ってるんだ」

「何言って……」

 轟音。耳に飛び込んできたのは、金属で出来た塊が何かにぶつかる音だった。反射で音のした方を振り返る。隣の部屋のスクリーンには、黒い軽自動車が道路から外れ、道端に突っ込んでいる様子が映し出されていた。ひしゃげて曲がった白いガードレールには血痕の跡が引きずられるように付着している。

「俺のせいなんだ……、就職してからずっと働き過ぎでおかしくなりそうで、ツキに会って色々話してたらなんか泣いてて……。それで周りも見えなくなってたんだよ……。突っ込んでくる車に気付かないで、それで……」

 映像が切り替わる。映ったのは、病院のベットで眠る俺とカナタだ。俺の方は頭に包帯を巻いているのが見て取れるくらいだが、カナタの方は酷い有様だった。俺と同じく頭に包帯を巻いてるのに加え、首と手足がギプスで固定されいる。顔には、頬から顎にかけて縫い跡があった。

 部屋の中を満たしていた、消毒薬の匂いが強くなった気がした。これは、病院で嗅ぐような匂いだ。電球の灯りとは関係なく視界が明滅する。

「……ぅ゛、あ゛ッ」

 割れるような頭痛に襲われ、思わず床に蹲る。耳鳴りがすると共に、次々と脳裏に映像が流れ始めた。フラッシュバックだ。

 久しぶりに会ったカナタの酷くやつれた顔と目の下のクマ。酷い顔をしているのに、そんな自分を嘲笑して無理に取り繕おうとしている様子が痛々しかった。それから、ポツポツと弱音を吐き出すカナタの姿と、当然の轟音と衝撃。意識を失う刹那に目に映ったのは、ダラダラとどこから出てるのかも分からない血をコンクリートに垂れ流しながらぐったりと伏せる、カナタの姿だった。


 冷や汗が額から流れ床に落ちる。記憶が戻るにつれ頭痛は徐々に治まっていったが、心臓は早鐘を打ち続けていた。

 顔を上げると、部屋の壁に扉が増えていた。扉は始めから開け放たれていて、向こう側からは人間が作り出す喧噪が聞こえてくる。

「俺さ、多分もう死にかけてるんだよ」

 信じたくない、違うと思いたかったが、思い出した記憶がカナタの言葉に説得力を持たせてしまう。

「そこから出て行けばさ、きっと戻れる」

「……馬鹿言え、お前だけここに置いて、この後呑気に生きてけって言うのかよ」

「そうするしかないよ、俺はこんなんでここからも出られないからさ。……冗談でも、ここに残るなんて言わないでよ?」

 電球の光はもう微かなぐらいだ。部屋は暗がりに包まれ、隣の部屋の映像も真っ黒な画面になっている。もう、この部屋ですることは無いと言われている気分だった。

「ツキの人生で嬉しかった瞬間がさ、俺に纏わる瞬間だったら良いなって思ったんだ。冥途の土産に持って行きたかったんだよ。なんなのか聞くことは出来なかったけどさ、俺のために泣いてくれた思い出があるなら、それでいいや」

「……遺言みたいなこと言うなよ」

「ははっ、だって実際そうじゃん」

 声に覇気が無くなっていても、相変わらずカナタはヘラヘラ笑ってる。死にかけの恐怖を、誤魔化そうとしている。


「……カナタ、ここから出よう」

 もうずっと、人生の傍らにはカナタがいた。今更こいつを置いて出て行くなんて出来ない。

「無理だよ……」

「思い出せよ、誰が林間学校で道案内してやったと思ってんだ」

「林間学校……?」

 指でカラス玉を弾く。コツンと、軽い音がした。

「忘れたなんて言わせねえぞこの団栗馬鹿」

「……そっか、ははっ、そうだったね。……懐かしいな」

 カナタはそう呟くと、少しの間黙った。その間俺の頭の中では、カナタをここから出すためにはどうすべきか、一つだけ案が見出すことができた。

「……うん、じゃあ、お願いしようかな」

「ああ、任せとけ」


 電球をひねって見るが、やはりビクともしない。深く息を吸って、覚悟を決めてから空気を吐き出す。もし、これからやることが間違ってるとすれば、カナタはただじゃすまない。けど、このままじゃ本当に死んでしまう。なら、やるしか無かった。

「腹決まった。行くぞ」

「え?」


 左手で電球を押さえ、もう片方の手で拳を握ってから、思い切り電球を殴りつけた。そこにあった白い球が、音を立てて弾けたように割れる。吊り下がる電球の残骸は、微かに光るフィラメントが露わになっていた。

 ガラスの破片で切れた皮膚からは血が垂れているが、構わずにフィラメントに手を伸ばし、力を込めて根元からちぎる。

「何やってんだよ……!血出てるじゃんか!」

 手元からは、確かにカナタの声が聞こえてきた。十数年聞き続けた幼馴染の声だ。

 無意識に入ってた肩の力が抜けていく。文句はこの後、電球の姿じゃないこいつから聞こう。フィラメントをしっかりと握り直し、扉の向こうに歩く。前が見えなくなるほどの閃光が視界を焼き、俺はそこで意識を失った。



「先生!あかつきさんと彼侘かなたさんの意識戻りました、病室までお願いします!」

 近くで、慌ただしく動く看護師の声がする。無機質な白い壁も、太陽が無い偽物の空も、シアタールームも、幼馴染の声で喋る電球も見当たらない。辺りは病院特有の消毒薬の匂いがして、隣のベットには俺と同じく目を覚ましたカナタがこっちを見ていた。


 人生で一番嬉しかった時っていつだった?


 あの部屋で聞いた、カナタの声が脳裏を過ぎった。その質問に、今なら答えられる。

 今だ。今この瞬間、お前をここに連れ戻せた今が、一番嬉しい。

 震える手でピースを掲げる。指には、ガラスで切ったような傷が付いていた。カナタは疲れたような表情をしながら、呆れたように笑った。軽薄な笑みはもうそこに無い。


 俺の光は、もう何にも怯えてなかった。



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裸電球 がらなが @garanaga56

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