第8話 亡国の危機
俺の目に飛び込んできたのは、昨日ベオの部屋で見た魔電話だ。ガラスで囲われており、その上部には『公衆魔電話ボックス』と書かれている。この魔電話でベオに繋ぎ、裏付けしてもらう。流石にトムも勇者王様の言葉なら信じるだろう。
「というわけで、ベオに掛けてみるとしようか」
「え? ベオって、まさか、いや、そんなわけないですよね……」
ベオの部屋に繋がる番号は教えてもらっている。ちょっと待って下さいと何やら慌てているトムを無視して、キィとドアを開け、受話器を持つ。ボタンを押そうとして気付く。『三分:銅貨一枚』という文字に。
「トム。悪いけど銅貨貸してくれない?」
「え、あ、はぃ……」
トムは困惑しながらも、財布から数枚銅貨を取り出してくれる。俺はそれをチャリンチャリンと魔電話へと入れ、ピポパ、と。
「…………ぁん? なんだもしもしって、ふざけてんのか? ふざけてない? なに? 昨日も言ってた? そうだっけ? ちょっと待ってろ」
俺は一旦、受話器から顔を離し、トムに尋ねる。
「トム。この魔電話って出たら『もしもし』って言い合うのか?」
「はい」
「ん、そか」
トムが神妙な顔で頷く。嘘をついてる様子はない。真偽が確かめられたので、魔電話へと戻る。
「あー、疑って悪かったな。あまりにもふざけた語感だからつい、な。んで、ベオ。さっきの魔法防げたか? え、なに。魔法使うな? ばっか、お前賢者から魔法取ったら何が残るってんだ。え、禁止事項? 知らん知らん。そんなことより、トムには正体を明かしてるからお前の方から俺とリズの正体を──。そうそう、俺がウィルで、リズベットはリズって名乗ることにした。ハハ、おう、おう。ん、代わる。おーい、トム」
トムを呼び、受話器を渡す。緊張した面持ちのトムが僅かに震える手で受話器を取った。
「か、代わりました。城下町第三部隊一等兵、トムでありますっ。……ハッ。……ハッ。……ハッ。しょ、承知いたしましたっ。ウィル、さ、ま? にお戻しいたします」
すごい汗だ。トムはわずか数十秒の通話の間に滝のような汗をかいていた。
「もしもーし。ハハハ、トムがすごい汗だぞ。あ、ちょっと待ってろー。おーい、リズ。お前も代わるかー?」
「昨日会ったばかりじゃない。結構よ」
「そかー。あー、わりぃ、わりぃ。んー、つーわけでサンキューな。あいよー、またー」
ガチャン。魔電話を置き、ボックスから出る。
「というわけで、ベオが証人になれば信じ──」
「信じます。信じますから、こちらへ」
トムは真っ青な顔で慌てながら、ひと気のない路地裏に俺たちを誘い込んだ。
「何のつもりかしら?」
リズベットがトムの真意を妖艶な笑みで問う。つまらない答えであれば消し炭にする気だろう。そんなことをさせないためにも俺がいるのだが。
「……ひぐっ。えぐっ」
「「……え」」
まさかの展開だ。トムがしゃくりあげて泣き始めた。一体どうしたというのだろうか。
「無理ぃ、おうち帰るぅ。現世に転生した大賢者様と時の魔王にこの世界の常識を教えろって勇者王様から直接命を受けるなんて無理無理無理ぃ。うぇぇぇーん」
トムは限界を迎えたようで幼児退行しながらうずくまり、号泣しはじめた。どうやらこの事態はトムのキャパシティをオーバーしてしまったようだ。
「……あー、トム。ま、ほら、人生そんなもんだ。俺がこの世界に転生して初めて喋ったのがトム、お前だ。これは何かの運命だろう」
「そうね、私に刃を向けて立っていたのはアナタだけだったし、ね」
うずくまるトムの背中を撫でながら励ます。
「ウィルフレッド様……、リズベット様……」
「今の俺は大賢者でもウィルフレッドでもない。冒険者志望の只のウィルだ。ウィルでいい」
「そうね、このバカに付き合っている間は私もリズでいいわよ」
「うぅ、ウィルに……、リズ……?」
コクコク。俺たちが頷く。
「おぇぇぇええッッ」
嘔吐した。トムが王都で嘔吐したぞ。
「えぐっ、うぐっ。無理ですぅ。大賢者様と時の魔王を呼び捨てなんて無理ですぅ」
「アナタ、さっきから大賢者には様つけるけど、時の魔王は呼び捨てじゃない」
「…………うぇぇぇん」
泣いて誤魔化しやがった。
「ハァ、めんどくさいわね。ウィル、私があそこの串焼き屋で全メニュー制覇するまでにそこのをなんとかしておきなさい。なんとかならなかったらそこのも、ボウヤも消すわ」
リズがクイッと親指で串焼き屋を指し、そのままクイッと首を切る。
「……おい、トム。あそこの串焼き屋のメニューは何種類だ」
「結構変わり種のネタもあるんで、確か、二十~三十種類くらいです」
「そうか……」
ひとまずそこそこメニューがあって良かった。数種類だったら即死だからな。
「あ、それとウィル。店主を殺されたくなければ銀貨を寄越しなさい」
「はいよ」
俺は三枚ほど銀貨を渡す。足りなくて店主を殺されるくらいなら多めに渡しておく。原型がある程度残っていて、時間がそれほど経っていなければ生き返すのはそんなに難しいことではないが、平和的解決がもっとも好ましいからな。
「じゃ、いってくるわ」
銀貨を手の上でチャリンチャリン遊ばせながらリズは迷いのない足取りで串焼き屋へと向かった。
「さて、トム。前提の確認だ。まず、あいつがボウヤって呼んでるのはベオのことな? そして、俺の中での戦力の認識だが、ベオは千年前と比べて弱くなっている。平和だったんだろうな、いいことだ。で、リズは千年前より強くなっている。ハッキリ言おう。リズが本気出したらベオなんて瞬殺だ、瞬殺。というわけでお前自身の命と勇者王の命は俺とお前とあの串焼き屋に懸かっている」
「…………」
トムが青ざめた顔で串焼き屋の方を向く。既にリズの両手の指の間には何本も串が握られていた。
「トム、大丈夫だ。お前ならできる。俺を信じろ。でなければ……この国が終わるぞ」
大賢者と時の魔王。千年後の世界で再び出会い、冒険者として旅をすることに 世界るい @sekai_rui
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