第7話 『忘却』

 というわけで一日ぶりに詰め所へと戻ってきた。


「ちわー」


 リズベットとともにドアをくぐる。数人の兵士から複雑な視線を向けられる。少なくとも好意的ではない。訝し気な、あるいは怯えが混ざったような。まぁそれも仕方あるまい。ここの兵士たちはみなリズベットによって半殺しの目にあったのだから。


「何かしら? 文句があるならどうぞ?」


 その視線を受けて、リズベットが笑みを浮かべながら挑発をする。話しがややこしくなるからやめてほしい。


「どうも、君に腹を打ち抜かれた城下第三部隊、隊長のジェパードだ。先日は世話になったね。確か名前は時の魔王と同じリズベット・・・・・だったかな? で、そちらがかの大賢者様と同じウィルフレッドだったね」


 口角を少し上げ、一見友好的にも聞こえる声色で挨拶をしてくるジェパード。目はまったく笑っていないし、わざわざ大賢者と時の魔王を強調しながら俺とリズベットの様子を伺っているようだ。正体がバレるのは非常にめんどくさい。


「どうも。あれはごっこ遊びさ・・・・・・。俺の本名はウィルで、こっちはリズ。どっちの親も熱烈な大賢者と時の魔王のファンでね。昨日は初めての王都に浮かれてごっこ遊びが白熱しすぎたんだ。悪かったね」


 兵士たちの表情がみるみる赤くなっていく。なにやら怒り心頭のようだ。千年後の人々は短気になっているのかも知れない。


「ねぇ? 人のことは言えないくらい、アナタも話しをややこしくしているみたいだけど?」


 ふむ、確かに。


「今朝方エドガー団長がやってきてね、ベオウルフ様からのお言葉を預かったとのことだ。君たちの素性の詮索は禁止、昨日の件に関しては不問とし、無罪放免。さらにトムを冒険者の推薦人として貸し出せ、と。なぁ、ぼくちゃんとお嬢ちゃんは一体何者だい?」


「た、隊長っ」


 ベオから詮索禁止と言われながら詮索をしてきた。中々に強気な隊長だ。


「こいつピーチクパーチクうるさいわね。またお腹に穴を空けてほしいのかしら?」


 ガタッ。兵士がみんな一歩前のめりになり、口々にリズベットに対して文句を言い始める。


「すとっぷ、すとーーっぷ。ハァ、あんまりこの手は使いたくなかったんだがなぁー」


 今にも昨日の再現が起こりそうだったので、両者を止めるためにも俺は指先を天に向け、魔法陣を展開する。兵士たちは皆、抜剣し臨戦態勢を取った。


「バカな真似はやめろっ。今すぐその魔法を解いて床にうつ伏せになれ! 三つ数える──」


 隊長の剣の切っ先がこちらを向く。


「俺は大賢者ウィルフレッドで、こっちのちんちくりんは、その姿を見ただけで時を止めるとまで言わしめたかの時の魔王リズベットだ。昨日、全員を半死半生にしたのはこいつ、それを元通りに治したのが俺ね、しかもついでにアンタらの身体の悪い所も治しておいてやったから。今後それを忘れず感謝して生きていくように。はい、じゃあ『忘却』」


 俺は言いたいことを言って、この王都全体に魔法を発動する。『忘却』人の記憶をいじるのは好かんがどうにもめんどくさくなりそうなので昨日起こったことを忘れさせる。ベオも範囲内にいるが、この程度を防げなければ弟子落第だ。というわけで、発動させた。


「……俺は一体。むっ」


 隊長を含めた兵士たちが剣を構えたまま、キョトンとしている──魔法の範囲外に指定したトムを除いて。


「……君たちは?」


 まだ表情がうつろな隊長がゆるゆると剣を鞘に納めて、俺とリズベットに話しかけてくる。


「トムに用事があって、ね。今日ギルドに連れてってくれるって約束なんだよね」


「トム、そうなのか?」


「……はい、隊長。実はエドガー団長伝いで勇者王様からの依頼で。その、今朝方隊長にもご報告したのですが……」


「む、そうだったか。いかんな、少し頭がボーっとしている。だが、分かった。勇者王様とエドガー団長の名を使ってお前が騙るとは思えんしな。分かった。それで、その少年と少女の名は?」


「ウィルとリズ、です」


 トムが不安げな表情で俺とリズベットを見て答える。これで合っているか、と。コクコクと笑顔で頷く。


「ほぅ、かの大賢者様と時の魔王にあやかった名か。確かにこの年齢にしては落ち着きもあるし、どこか雰囲気があるな。私も覚えておこう。勇者王様からの命であるなら最優先だな。トム頼んだぞ」


「はっ。いってまいります」


 こうして俺とリズ、そしてトムの三人で詰め所を出た。


「……あの、さっきの本当……で、しょうか?」


『忘却』の魔法の対象から唯一外したトムが俺たちにどういう態度を取ったものか困りながら聞いてくる。


「あぁ、バレるとめんどくさいから内緒な。今のところ王都で俺たちの正体を知ってるのはベオとトムだけだから。あ、あと、お前の胆のうに小さな石があったのも取っておいてやったぞ」


「あ、ありがとうございます」


「そんなことより早くギルドに案内してちょうだい。それが終わったら美味しい食事処へ連れていきなさい」


 上に見ても精々が十歳のリズからその歳からぬ堂々とした命令が下される。


「……本当に本当ですよね?」


 納得しきれないトムをどうしたものかと考えていると、俺の目にあるものが飛び込んできた。

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