第6話 重い想い
そして翌朝──。
「ねぇ、師匠。僕のほっぺが今にも零れ落ちそうというか、千切れ落ちそうというか、腐り落ちそうなんですが、ご存じありませんか?」
「気にするな。なーに、頬の一つや二つまた生えてくるさ」
ベオは起き抜けに自分の頬を触り、慌てて鏡へと駆け寄っていった。腫れは引いたが紫色になった頬はベオの言葉通りだるーんと落ちてしまいそうだった。その原因はもちろんご存知である。さて、それを引き起こした者はと言えば──。
「なによ。この程度で済んだのだから感謝でむせび泣いて欲しいところなんだけど」
流石は破壊の権化である。コイツの辞書に慈悲とか慈愛を記せたものには俺のコレクションから何でもプレゼントするとしよう。
「さて、そんなことよりベオ。俺たちはこれから冒険者になりにいくから、色々教えてくれ」
「え、あ、はい、了解ですっ」
頬の落ちそうなベオは俺の理不尽な切り替えしに対して何も言わず、キリっとした表情であれやこれや教えてくれた。
「なるほどな。本来は15歳からだが、推薦人がいれば一考の余地あり、と」
「はい。当然、推薦人のランク、あるいは地位や強さなども考慮されますから、えぇ、冒険者ギルドの名誉会長も兼任する僕が推薦人となればいきなりS級冒険者スタートも可能ですっ」
ベオはふざけたことを抜かしてきた。そんな目立つことをしたら厄介ごとが近付いてきてしょうがないだろう。
「バカタレ。俺はのんびり世界を見て周りたいんだから、国の行き来ができて、そこそこ身分証明にもなるD級までで十分だ。な、リズベット?」
「なんでもいいわ。貰えるものは貰っておけばいいし、うるさく騒ぐようなら消せばいいんだから」
リズベットは基本雑だ。困ったらなんでも消しちゃえばいいと思っている。厄介ごとを全部消しちゃうマジックなど多用すれば世界からいくつ都市と人が消されてしまうやら。
「と、いうわけで推薦人はお前だと目立つから却下。あー、あのトムでいいんじゃないか? 真面目そうだし、ギルドのウケとしては丁度いいんじゃないか?」
「『というわけ』が何か分かりませんが、分かりました。トム、確かに彼なら推薦人として適任かも知れませんね。エドガーを通じて、推薦人になるよう申し伝えておきます」
「あぁ、さんきゅ。ま、あとは冒険者になってからボチボチ自分で調べてみるかな。世話になったな。また遊びにくるから美味いもん用意しといてくれ」
「えぇ、いつでも歓迎いたします。師匠お願いです。どうか生きて、生きていてくれるだけでいいんです。生きていて下さい」
「おいおい、言葉が重いて」
俺が手をひらひらと振って、出ていこうとしたらベオが真剣な表情で重苦しいお願いをしてくる。
「フフ。ボウヤ、頼む相手が違うわね。私にどうかウィルフレッドを殺さないで下さいと懇願すべきじゃない?」
「リズベットさんにもお願いです。師匠と仲良く、生き続けて下さい」
「……重いわね」
ベオが超真剣に懇願するものだからリズベットも引いていた。
「おっと、そうだ生き続けるには金が必要だな。昔の金貨しか持ってないからちょっと換金してくれ」
俺はアイテムボックスからぐわしと金貨をつかみ取り、ベオに渡す。
「……分かりました。えぇと、旧王家のプレミアム金貨ですから、一枚につき、現在の金貨千枚分となりますので、それが二十五枚。二万五千枚ですね、すぐに用意します」
「いらんいらんいらん。俺から金を稼ぐ喜びを奪うな。ちなみに昨日のピザは一枚いくらで、宿泊は一日いくらだ」
「ピザは銅貨二十枚ですね。宿泊は王都の良いところだと銀貨五枚。安い宿だと銅貨五十枚から銀貨一枚程度ですね」
「じゃあこの金貨二十五枚を銀貨二十五枚と交換してくれ」
「え、それはこちらがあまりにも貰いすぎなんで……」
「じゃあ金貨一枚でいいか?」
「いや、それでも貰いすぎですから」
「ハァ、めんどくさいわね。ボウヤ。コイツが言った銀貨の枚数さっさと渡しなさい。渡さなきゃこの城……ぺしゃんこにするわよ?」
しびれを切らしたリズベットが分かりやすくカツアゲしはじめた。ベオは黙って戸棚から銀貨を取り出し、俺に手渡してくる。
「では、玄関まで送りますね」
ぽわんと魔法でジジィになったベオに連れられて王城の前まで見送られる。
「さんきゅー。じゃ、またなー」
「じゃあね」
「ホホ、またいつでも来るがよい」
兵士たちは俺たちが何者なのかと訝し気な視線だが、勇者王の手前、何も言えないでいるようだ。隠し子ならぬ隠し孫だとでも思われているかも知れないな。
「さーて、トムのところに行くかー」
「はいはい」
なんだかんだ言ってリズベットは隣を歩いている。
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