第5話 大賢者と時の魔王
「うぅ~、大体師匠は何なんですかぁ、そんなちぃぃぃっこくなってしまってっ! あの長身でイケメンで向かうところ敵なしの大賢者ウィルフレッドが、こーーーんな可愛らしく、可愛らしく、うぅぅ」
何杯どころではなく何十杯と飲んだベオがぐだんぐだんになりながら絡んでくる。
「ま、そんなに焦らずとも歳は食うんだから若い方が良いだろ。大人はめんどくさいからなぁ。自由気ままで何をしても許される子供を謳歌すべきだ。リズベットもそう思うだろ?」
「そうね。下衆な視線を向けられないで済むと思えばこの年齢でいいわね」
「そうなぁ。お前見た目だけは良かったからな」
「ハァ……、まったくの節穴ね。美しさは所作一つ一つに表れるものよ」
「さよで」
千年前、その姿を見たものは時が止まったかと錯覚するほどで、その美しさから『時の魔王』という二つ名がついたほどだ。
「……にしても時の魔王て」
思い出したら笑えてくる。当時は普通に受け入れてしまっていたが、今にして思えばなんとも陳腐だ。
「あら、永遠に時を止めて欲しいのかしら?」
「やれやれ、千年経っても二言目には殺す、殺すって、困ったもんだな」
「すとーーーっぷ。そうやって、いつもいつもいつも師匠とリズベットさんは二人だけのワールドを作って、イチャイチャしはじめるっ。ダメですっ。千年後はそれ禁止ですぅー」
ベオがわたわたと手を振りながら俺とリズベットの間に割って入る。別にワールドも作っていないし、イチャイチャもしていないのだが……。
「そんなことよりぃ、これから師匠たちはどうするんですかぁ!」
ベオからの問いに一瞬リズベットと視線が交錯する。
「そりゃまずは千年経って世界がどう変わったか見て周るかな。冒険者とかいう職業が出来たんだろ? それになる」
「そうね、私は一つ一つ国を征服していこうかしら」
「ま、そんなことをさせないようにコイツも連れていくかな」
「は? なんで私がアナタに付いていかなきゃいけないのよ。冗談も大概にしなさい。一万歩譲って、アナタが私にどうか行く先々付きまとわせて下さいって土下座して頼み込むべきでしょう?」
「ふむ。白黒つけるか?」
「フフ。望むところね」
「だーかーらーーー。すとーーっぷ。平和になったこの世界で師匠とリズベットさんのドッカンバトルは禁止ですっ! というか言ってるそばからイチャイチャしないで下さいっ。まぁ、でも師匠とリズベットさんは二人で旅をしながら世界を周るんですね……。いいなぁ」
「ベオ、お前も来るか?」
「行きません。千年経って世界が平和になってようやく二人で歩ける世の中になったのに邪魔なんてできませんっ」
ぶんぶんと首を横に振るベオ。こいつ何か勘違いしていないか?
「おい、ベオ。お前の中で俺とこいつの関係はどうなってる?」
「え、千年前は想い合っていたものの、立場がそれを許さず、来世で邂逅を誓い合い、千年の時を経て巡り合った二人って、ほら、絵本にもなっていますよ?」
「……」
本棚から『大賢者と時の魔王』という絵本が出てきた。無言でぱらりとめくる。後ろからヒョイっとリズベットも覗き込んでくる。数ページペラペラとめくったところで、その絵本は灰と化した。
「これは禁書ね。全て回収して燃やし尽くさなきゃ。それと著者も殺さなきゃね。名誉棄損もいいところだわ」
ちなみに著者名はベオウルフと書かれていた。ベオはテヘッと笑っている。
「お前、政治の道具に俺たちを使ったな?」
「うぐっ。でもっ、ほら、背表紙見て下さい、ここっ、ラピスさんも共同著者ですからねっ。それにお二人こそ平和をなによりも願っていたじゃないですかっ。実際、その絵本で昨今の平和はあると言っても過言ではないですよっ」
「ハァ……ったく。死人に口なしか。まぁ死んじまった俺たちが悪いと言えば悪いな」
ちなみにラピスってのはリズベットの弟だ。姉と違って聡明でまともなのだが、ちょっぴりシスコン。まぁガッツリブラコンの姉よりは全然マシだ。
「……あの子にはお説教ね。まぁ、でも今はそんなことどうでもいいわ。このタイトルからしてムカつくんだけど? 順番逆でしょ。なんでコイツが先なのよ、私が先でしょ。それにセリフもいちいち私から媚びてるように書かれているじゃない。逆でしょ。コイツが私にずっと付きまとってきてたじゃない」
リズベットは本棚から二冊目を取り出して、パラパラとめくって、やはり灰にした。本棚にはまだ数十冊ありそうだ。
「あぁ、大賢者様っ、人族と魔族一体何が違うと言うのでしょうっ。そんなつまらないもの今すぐ捨てて、アナタと添い遂げ──おい、やめろ。そのシャレにならない枚数の魔法陣を今すぐしまえ」
リズベットの隣で絵本を引き出し、セリフを読み上げたら魔法陣が数十枚浮かんでいた。からかった代償にしては大きすぎる。
「ねぇ、ウィルフレッド? 私、そんなこと言ったかしら?」
「言ってないな」
「そうよね? じゃあ二度とそのふざけたセリフを読み上げないで」
「へいへい」
絵本に罪はないので、本棚にスッと戻しておく。
「さて、じゃあ目の前の著者は殺しておかないとかしら」
「ぐーぐー」
著者であるベオはテーブルにつっぷして寝ていた。リズベットはつかつかと近付くと髪をグッと掴み、無理やり顔を上げ、何発か平手打ちをかます。
「ぐーぐー」
ベオのイケメンフェイスは見るも無残だ。頬がピンクに染まり、りんご飴のごとく腫れあがっている。これでも起きないのだから狸寝入りじゃなさそうだ。
「本当に寝ているようだが?」
「えぇ、そうね、この間抜け面を見ていたら気が変わったわ。ボウヤを殺したところで人々の記憶からこの本は消えない。なら、ボウヤに新しく書かせて真実を上書きすればいいのよ。タイトルは『時の魔王と大賢者、真相編』ね」
「ふーん。どんな内容を書かせるんだ?」
「そんなの真実を……」
そこまで言ってリズベットが止まる。
「……バカらしいわね。千年前のことなんて今更どうでもいいのに」
「そか」
そのあとは特に会話もなく空が白むまでチビチビと飲むのであった。
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