アリバイインコ

春雷

第1話

 こんなに暑いのに、俺の部屋にはエアコンがない。だから俺は窓を開けて、少しでも部屋を快適にしようとしていた。しかし、その試みも虚しく終わる。暑い。どう考えても暑い。暑すぎる。暑くてたまらない。もう嫌だ。

 タンクトップにトランクス、というクールビズを取り入れても、すぐ汗だくになってしまう。こりゃエアコン買わなきゃだめだな。金はねえけど。

 いや、どうやって買うんだ。

 金がないとエアコン買えねえじゃん。

 今年の夏は絶望的だな、と思いつつ、俺はベッドで横になっていた。四畳半の部屋は狭苦しく、俺の心を圧迫する。

 そこへ一匹の鳥が迷い込んできた。

 どうやら窓から入ったらしい。

 頭が黄色く、体は青い。インコだ。インコは人慣れしているらしく(大方、誰かが飼っていたのが逃げ出したんだろう)、俺の腹に乗ってきた。

「ゴジ、ゴジ」とそいつが喋った。

 飼い主に言葉を覚えさせられたんだな、と俺は思った。それにしても5時、か。妙なチョイスだな。いや、インコに覚えさせる言葉に妙も何もないか。

「クギナワエキ、ゴジ、オトコト、アウ」

「ん?」

 釘縄駅、5時、男と会う? 釘縄駅とは、ここからだいぶ遠く離れた場所にある駅だ。飼い主が予定を口ずさんでいたのを、覚えてしまったんだろうか。もしかすると、このインコは大冒険をして、ここまで迷い込んで来たのかもな。

「フォレストサイドホテル、シチジ、オンナト、アウ」

 女と会う? いったい何の予定なんだろう。

「ロクジ、ドカイチョウ、ササキヲコロス」

「え!?」

 俺は思わず、飛び起きた。インコが物騒なことを言うからだ。インコは俺が起き上がったことに驚き、タンスの上に逃げた。

 インコは「アリバイ、アリバイ」と言っている。

 アリバイ、だと?

 確かに、5時と7時に誰かと会っているなら、6時に怒海町にいることはあり得ない。怒海町と釘縄村は電車を乗り継いで、片道3時間近くかかるからだ。不在証明にはなり得る。ここは怒海町で、一度、釘縄村に住んでいる友達に会ったことがあるから、その遠さは身に染みてわかっている。まあ、その友達とは喧嘩してそれっきりなのだが。

 まさか。インコが飼い主の犯行計画を記憶してしまったのだろうか。

「ササキハ、オレノコトヲ、ブジョクシタ、オレノプライドヲ、キズツケタ」

 何か、犯行の動機みたいなことを喋り始めたぞ。

「シカタナカッタンダ、タンテイサン」

 仕方なかったんだ、探偵さん?

 もしかして、探偵に当てられた時の予行演習してる? あんまり見たくないよ、犯人が自白の場面を練習してるところ。

「タンテイサン、シカタネエデショウガ」

 どっちでいいよ。言い方で悩んでるの?

「タンテイサンヨ、ショウガナイデショウ」

 そこはどうでもいいよ。

「タンテイサン、シカタノナイコトダッタノデス」

 どんだけ練習するんだよ、ここ。しつこいなあ。

 俺がそろそろインコを追い出そうかと思っていると、インコが凄んだ声でこう言い放った。

「ササキコウジ、マッテロヨ」

 俺はそれを聞いて、びくっと身を震わせた。

 佐々木浩二? それは俺の名前だ。

 いや、まさか。佐々木も浩二もありふれた名前だ。俺のことじゃないさ。

 俺はケータイを開き、一応、時刻を確認する。

 5時55分。

 どんどん、と玄関のドアが叩かれる。その音に驚いて、インコは窓から外へ逃げ出した。「ササキ、コロス、ササキ、コロス」と言いながら。

 おそるおそる、ドアに近づく。すると、ドアの向こうから声が聞こえた。

「探偵さん、仕方なかったんです、探偵さん、仕方ないでしょうが、探偵さん、しょうがないでしょ、探偵さん・・・」

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アリバイインコ 春雷 @syunrai3333

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