世界
よしこう
第1話
もしも世界が片隅から、どうしようもないほどの力で、崩れ落ちてしまうならば、私は真っ先に死を選ぶだろう。美しい世界の死を、この目で見届け、醜く歪んだ世界の姿をこの目に焼きつけるくらいなら。
その日の目覚めは最悪だった。何かが破裂するような轟音が街中に響き渡った。そんな音にたたき起こされた男はテレビを付けた。幸い電線はやられていないらしい。どの局も全く同じ放送をしていた。奇っ怪で、神秘的な世界の破壊者、奴は薄く、半透明な時空が歪みだった。その歪みはうねうねと動きながら次第に広がっていった。広がるにつれてその半透明な亀裂の間には薄い黒とも灰色ともつかぬ色が現れた。神秘的というにはあまりに残酷だ。第一の犠牲者が亀裂の中に吸い込まれていった。広がりは加速していった。木々も、学校も、すべてが裂け目の中へと吸い込まれていった。だがテレビもこれを終わりまで伝えてはくれなかった。というのもその裂け目は、数分後にはテレビの支局を虚空の波の中に放り込んでしまったからだった。街の叫換は私の耳にもしっかりと届いた。世紀末、こういった言葉を容易に想像できる、そんな状況だった。世界は醜く歪んでいくように見えた。気づけば私は一人で半透明の虚空の歪みを眺めていた。それは人を一人飲み込むごとに、桜を一つ飲み込むごとに、美しく変わっていくようだった。見ようによっては青い海のようにも、桜のようにも、雪のようにも見える虚空は、いつしか美しい☓☓色になった。もう世界の半ばは飲み込まれてしまったのだろうか。どうか私を最後まで。いつしか男の望みは変わってしまっていた。だが、男は思った。世界の美しき最期に醜く足掻くなど。気づけば虚空はもう男の前まで来ていた。男は幸福に包まれていた。それはこちらを覗き込んでいた。死の直前、恐怖は無かった。ただ無限にも思われる数秒間、男は飲み込まれてしまった世界を見つめていた。そして男は虚空の中にいた。世界は終わった。しかし世界はまたその虚空の中にあった。虚空は幾度も世界を飲み込んできたようであった。然るにこの日飲み込んだこの世界は、あまりに美しかった。無味乾燥とした虚空の中の無は、世界を飲み込んだことで有となったようであった。虚空の中の無限の物は無限の色を与えられた。種々の物は虚空の中で色となった。様々の色は結びつき、離れた。丁度無限回色が結びついたとき、全ての色は虚空の中で1に重なった。そこには光があった。光は最初極度に小さかった。だがそれだけで良かった。確かにベクトルは有へ向かった。男は虚空の中で最初の光子をつくる色の一つになった。虚空はもう虚空では無かった。ある日突然に無限に飲み込まれた有限の世界は、宇宙を形作った。そうしてはじめ光があった。創世がはじまった。そして地球が生まれるまでさらに90億年も、待たねばならなかった。
世界 よしこう @yakatu
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