第4話

「馬鹿言わないで。しかし、さっきの揺れ……なんだったのかしら?」

「追加のミサイルが落ちたんじゃないか?」

「ジョセフ。貴方の耳に、爆発音が聞こえたのなら、きっとそうなんでしょうね。」

あの揺れが起こる前―。

爆発音はなっていない。少なくとも私には聞こえなかった。

考えられるとすれば、地震だけど……。

―私たちの国で、物が崩れ落ちるレベルの地震など聞いたこともなかった。


「なぁ、ここにいて……本当に大丈夫なのかな?」


ジョセフが不吉なことを口走る。

核を想定した部屋だ。滅多な事では、壊れたり、崩れることはないだろう。

その点は、恐らくジョセフも分かっている。


「さっきの揺れで、ミサイルによって崩壊した家なんかがこのシェルターの入口前を塞いだとしたら……。仮に政府が助けに来たとしても……恐らく、救助は難航するだろうね。」


ダニエルがジョセフの意見を裏打ちするように、自らの予想を口にした。


「まってよ。そんな……あぁ、神様。」


私は、思わず神へと縋ってしまう。

まだ死にたくない。やりたい事が山ほどある。


「……俺が、様子を見てくるよ。」


ジョセフは、放射線防護服に手をかけると、颯爽と入口の方に向かっていく。

その背をマリオンが追いかけ、肩をつかんだ。


「待ちなよ。」

「止めるな、マリオン。今、皆、不安だろ?お前だってそうだ。」

「そんなこと―。」

「手、……震えてるぜ?」


ジョセフは背中越しに流し目で、マリオンを見やる。

マリオンは、バッと手を放すと腕をさするようにしている。


「俺一人でいって、何もなければ、それでいいじゃないか。それで不安が取り除けるなら、俺は喜んでいくぜ?」


言いながら、彼は階段を駆け上っていった。

肩を竦めたダニエルと目が合う。


「ねぇ、ダニエル。ジョセフを止めて!」

「あぁなったら、あいつは人の話を聞かないからな。ま、防護服さえあれば、すぐにどうこうなるものでもないし……とりあえず、任せてみようよ。」


ダニエルはあまり危険視していないらしく、楽観的にそう答える。

そうはいっても、次のミサイルが落ちてきたら?

また地震が起きたとき、彼が生き残る保証は?


頭の中にいくつも、嫌な疑問がよぎるが、私はただ、ジョセフの無事を神に祈るしか出来なかった。


数分もしないうちに、シェルター入口の水密扉のハンドルの回る音が聞こえた。

つづいて、階段を走って降りる音が響き、ジョセフが防護服のまま姿を現した。


『―、―――!』

防護服越しのくぐもった声は、聞き取りにくくわかりづらいが、ジェスチャーから察するに『来い』と言ってるようだった。

私たちに声が届いてないと分かったからか、頭部分を外し、元あった場所へと戻しにいく。


「ちょっとジョセフ。アンタ、入口閉めてきた?」

「あぁ、閉めてない……いや、違うな。正確に言うと。これも邪魔なだけだから脱いじまうよ。」

言いながら、既にジョセフは半分脱ぎ切っていた。

「……?」

私たちは言葉の意味が分からず、皆、怪訝そうな顔をした。

「まぁ、とにかく、実際に見てもらった方が早い。」

「見てもらうって―。」

マリオンが抗議しようとした言葉をジョセフは遮る。

「防護服についてた計測器に。」


それはおかしな話だ。

ミサイルの着弾地点は、熱と放射線に侵される。

数時間たてば、熱は引くかもしれないが、放射線は長い年月が経たなければ無くならない。

ましてや、反応が0になるなど、有り得ないことだった。


「ところでこの中で、揺れた後にウルフを使用した奴はいないか?」


ジョセフは、防護服を脱ぎながら私たちにそう問うた。

その言葉に無言で、首を振るとジョセフは自分のウルフをネットにつなげて見せる。


「えっ!?」


全員目を疑った。そこには検索エンジンが表示されていたが、全て文字化けしていて判読できる状態ではなかった。

徐々に、おかしな事態になってきていることを理解していく。


私たちの反応で、満足そうにしたジョセフは、汗をタオルで拭うと階段をまた昇って行ってしまう。


にわかに信じられないことの連続だが、現状を把握するためにもジョセフの言葉に素直に従うしか、選択肢はなかった。



「なに……これ……?」


私は自分の目を疑った。

そこにいつもの見慣れた風景はない。

子供の頃から好きだったプールも。

今週の土曜日に行くはずだったショッピングモールも。

愛犬の犬小屋でさえ―。


私の目に飛び込んできたのは、瓦礫の山と、自然に飲まれた街だった。


その光景に、私の脳が理解を拒んでいるとジョセフが声を上げる。


「なぁ……、俺の知ってる植物は、たかだか一晩でこんなに成長するものじゃないんだが……最近の栄養剤は、随分進んでるんだな。」

「……カフェイン多めになってるんじゃない?」

理解することをあきらめたように、マリオンが呟いた。

やはり、圧倒されているようだ。

「タンポポの根なら……いや、ないか。」

ダニエルですら、少し言動がおかしい。


「とりあえず、歩いてみるか。」


そういうとジョセフは前に進み出る。

私もそれに倣うと、柔らかい感触が足元にあった。

どうもアスファルトが植物によってめくれ上がり、その下の土が露出しているようだ。

その感触に、これが夢ではないことを実感する。

改めて、周囲を良く見てみる。

昨日まで車が走っていたはずの道路は、ジャングルもかくやといった様相を呈しており、崩壊した建物のせいで積まれた瓦礫は、まるで何年も経ったかのように、腐食した鉄筋が幾つも剥き出しになっている。

街路樹だったはずのものは、その全てが巨大な大木となっており、これが密林感に拍車をかけている。


「エリー。お前はいつからジェーン・〇ーターになったんだ?」

いつの間にか、ジョセフを追い抜いて進む私に、冗談めかしてそう声をかけてくる。

「なら、早くター〇ンを呼んできてよ。彼なら、こんなところ、私をお姫様抱っこしたまま、スイスイ進むわ。」

「なんか随分余裕が出てきたみたいね。」

「現実味がなさすぎるだけじゃない?」


4人は言いながら、ジャングルと化した都市を進んでいく。

暫く進んで密林を抜けると、開けた場所につながった。

高台になっており、海を一望できる有名な映えスポット。

眼下には海の見える街として栄えた観光地が広がる筈だった―。


しかし、そこにはかつての賑わいはなく。

無残にも海に飲まれた、瓦礫の山があるばかりであった。


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Annus Horribilis~拝啓、終わりの世界より~ しょーたろう@プロフに作品詳細あります @sho_tatata

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