第3話
私たちはベッドルームに移動すると、ベッドを椅子代わりに腰かける。
現実味がないせいか、涙が流れることはなかった。
「エリー……その、なんていったらいいか。ごめんなさい、私が気づかないでいれば、貴方が傷つくことも―。」
私はマリオンが負い目を感じてしまうのが嫌で、その言葉を遮った。
「それは違うわ!遅かれ早かれ、きっとこの話はすることになってた。むしろ、早く気づけて良かったのよ……疲弊して、精神が摩耗してからこんなこと……考えたくない。」
掛ける言葉が見つからないのか、マリオンは私の言葉に押し黙ってしまった。
―少しの沈黙の後、マリオンが立ち上がる。
「……私、あいつらと今後について話してくるわ。ジョセフをダニエルだけに任せてたら、明日の朝にはダニエルの口まで綿より軽くなりそうだしね。」
マリオンは冗談めかして、そう伝えると、部屋から出ていこうとする。
「ゆっくり、休んでて。私たちが、必ずなんとかするから。」
その力強い言葉に、私の気持ちが軽くなるのを感じる。
頼もしい後ろ姿に、マリオンと親友でいられることを、心から感謝した。
☆
気づくと私は、眠りについていた。
どれほど眠っていたのだろうか、私は、半覚醒の頭のまま、皆がいるはずの部屋の扉を開く。
「やぁ、お目覚めかい。プリンセス。」
「ちょっとジョセフ。今そういうのは―。」
「いいのよ、マリオン。いつも通りでいてもらった方が、私も安心できる。」
「そう?それならいいけど……あまり無理しないでね。」
私の言葉は本心からだった。
きっと気を使われたままでは、ふとした時に、両親や愛犬の事を思い出し、辛くなるから。
「それより、私、どれくらい眠ってたの?」
「6時間半。きっと精神的に参ったせいだね。」
空中に表示された仮想のディスプレイを片手で操作しながらダニエルが答える。
「とりあえず、食料品の分配方法については僕たちの方で決めておいたよ。ざっと計算した限りだと、一か月は大丈夫そうだね。」
ダニエルはモニターをオフにすると、腰かけたまま大きく伸びをして椅子に深く
「しかし、エリーの親父さん、随分張り切って作ったんだな。1つだけだが、放射線防護服まであったぜ?あんなん企業以外で持ってる人いるんだな。最悪、食料が底をつきそうになったら、俺が外に取りに行くから安心しろよ。」
「ジョセフ。あんた、着たいだけでしょ?」
「そりゃそうさ!あんなしっかりとしたもの、原子力発電所でもなけりゃお目にかかれないぜ?」
初めてスーパーヒーローを前にした子供のように目を輝かせて、ジョセフは大げさに熱弁する。
私とマリオンは目を見合わせて肩を竦める。
ダニエルは、そっぽを向いていた。
「ま、好きにすればいいさ、どうせ暫くはここに缶詰めになるんだし。政府の助けもいつになるやら分からないしね。」
天井を見つめながら、ダニエルは呟くように吐き出す。
「そろそろ、僕たちも一旦寝かせてもらおう。流石に疲れた。」
「同感。ごめんね、エリー。何もないとは思うけど……見張りを頼めるかしら。」
「私はたくさん休ませてもらったから大丈夫よ。ありがとう。」
ベッドルームに移動する二人の背中を見送り、私は自分の『ウルフ』で情報を確認しようと立ち上げる。二回ほど宝石部分を回すと私の目の前に、ディスプレイが浮かび上がる。
―ネットの海は、酷い荒波を巻き起こしていた。
ミサイルを撃った国は、世界中から叩かれているようだった。
動画サイトも、この話題で持ち切り。
しばらく私が情報を漁っていると、国の検閲が入ったのか、閲覧制限がかかってしまった。
私は、モニターを閉じると、椅子に座ったまま、足を抱え込んだ。
これから、どうなっちゃうのかな……。
私の背中に、手が置かれる。振り返ると、そこにはジョセフがいた。
「ジョセフは寝なくていいの?」
「こんなに落ち込んでるプリンセスを放っておくわけにはいかないだろ?」
「じゃあ、貴方は森の小人ね。」
「おいおいせめて命の恩人の狩人くらいにしてくれよ。」
「だめよ。狩人じゃカッコよすぎるもの。」
私たちがそんな他愛もない話をしていると、突如としてシェルターに大きな揺れが発生する。ラックが動きまわり、乗せていたものが落下していく。
部屋の電灯がチカチカと何度か明滅を繰り返す。
ジョセフはたまらずバランスを崩してしまい、私にもたれそうになり、机をつかんだ。
「おいおい何だってんだよ!とうとう地球の終わりの始まりか!?」
「馬鹿な事言わないでよ!一体今日はなんだっていうのよ!」
次第に揺れが収束し、ベッドルームから二人が飛び出してきた。
「ジョセフ!エリー!大丈夫!?」
安否を心配するマリオンの姿をみて、元気そうで安堵する。
「なんとかね。そっちは?」
「何個か、備品が落ちて割れたくらいで平気そうだ。」
ダニエルはベッドルームをのぞき込みながら答えを返した。
そして、皆の方に、向き直ると、神妙な面持ちで口を開いた。
「やっぱり来世を考えた方が建設的じゃないかい?」
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