怪異外神伝承調査対策課(1)

 深夜のオフィス街、車通りも人通りもほぼ無く立ち並ぶ高層ビルの窓からはまばらではあるが未だに明かりが灯っている。そんなオフィス街に向かって首都高速道路の出口から黒塗りのセダンが丁寧な運転で走り出てくる。


 黒塗りのセダンの運転席では無表情な痩せた中年男性がハンドルを握っており、後部座席ではセンが火の着いていない煙草を咥え、車内の一点を凝視していた「車内禁煙」そう書かれた車内の掲示物を暫く眺めセンは諦めたのか、火も着いていない咥えタバコのままスマートフォンのメールを確認する作業で気を紛らわす。


 その横ではドアにもたれ掛かるようにしてマホが気持ちよさそうに寝息を立てていた、車の窓ガラスにはマホの寝顔が反射している。


 センとマホを乗せた車は高速道路を降りた後、数度道を曲がると高層ビルの地下駐車場へと入り、そこの搬入口からさらに地下に入ると階層案内に表示されていない地下七階まで降りる。


 外観は代わり映えしないコンクリートの壁とアスファルトで舗装された地面の地下駐車場であるが違いは二つあった、一つは他の階層に比べて遥かに広く作られ、駐車している車の台数に対して不釣り合いな程ですらある。


 二つ目は駐車場と建物をつなぐ入口だった、ガラス製の大きな自動ドアの両脇には上質な木材で作られた柱が並び立ち、その上には豪華な唐破風屋根までが迫り出すように設えてあり、柱の間には御影石の敷石が神社の参道のように敷き詰められている。


 センとマホを乗せた車は御影石参道の前で静かに停車する。


 停車したのを見計らってセンは火の着いていない煙草を箱に戻すと、起きないマホの鼻を軽く摘むマホの寝息は次第に苦しそうな呼吸音に変わる。


「かっは、ゴホ悪夢見た、ゴホッおえっ」マホは飛び起き、目には涙を浮かべている。


「おはようマホ、着いたよ」


「もっと優しく起こしてくれてもよくない?」


「優しく起こしてもらえるのは、お姫様だけの特権なのよ」


 むくれながら睨み付けてくるマホの視線をセンは背中に受けつつ、言い終わる前に車のドアを開け外に出て行く。


「じゃあ私は優しく起こされるべきなんじゃないですかねぇー」


 マホはセンの背中に言葉を投げつけると、逃げるセンを追いかけるため、センとは逆側の車のドアを力強く開き外に飛び出す。


「だから、姫様だけって言ってるでしょ?」


 センは外で伸びをしながら、気だるそうに言うと入口に向かって歩き始める。


「あたし可愛さだけなら姫みたいな所あるし」


「もうそういうのいいから、自称姫じゃなくて他称姫になってから出直してきな」


「こないだヘルプで入ったコンカフェでは姫ちゃんって呼ばれてましたー、つまりあたしは他称姫ですぅ」


「うるせぇ、堂々と副業宣言すんな」


「おっセンさん言うに事欠きましたねー?」


 早歩きで歩くとセンの横ににやにやしたマホが小走りで追い付く、二人分の足音が地下駐車場に響き御影石の敷石の上をパンプスと厚底ブーツが並んで歩く。


 自動ドアが開き二人は中に入ると数メートル先にある、セキュリティゲートに認証カードキーをかざす、軽快な音とともにゲートは開き、降りる扉が二人を廊下の奥に見送った。


 セキュリティゲートの先にも御影石の敷石は続いていた、その両脇には白の漆喰の壁が立ち、朱色の間柱と梁が規則正しく漆喰の壁を区切る、天井には檜の化粧垂木が伸び平安時代の寝殿造りを思わせる。


 二人は時代に取り残された遺跡のような回廊を奥に向かって歩き出す、二人は海沿いの廃屋からボートと車を乗り継ぎ三時間ほどかけて怪異外神伝承調査対策課のある中務省まで戻ってきたのである。

 

「毎回思うんだけどさ、私ら浮いてね?」


「まぁ、大手町のOLって感じではないよな、うちら」


「Y軸の座標を無視すれば、ここは大手町だけどもさ違うじゃん?」


 センとマホは歩きながら雅な作りの天井に目線を移す、そこには明かり取りのために天井からぶら下がった場違いなLED照明が等間隔に並んでいる。


「つっても、ここの内装で浮かないの陰陽寮の根暗共ぐらいだろ」


「そんなこと言って、どこで聞かれてるかわかんないよ?」


 マホは大袈裟に辺りを見回すと、苦々しい表情のセンに笑いかけた。


「聞かせといたらいいーの、どうせうちらは鼻つまみものだよ」


 センは口角の片方だけを上げにやりと笑みを作ってみせる、センの視線の先では紙で作られた鳥がLED灯の上で羽を休めていた。


 二人は他にもくだらない話をしながら廊下を歩くと、左右に小上がりの付いた部屋の入口がいくつか見え始めた。


 紙の式神達を潰さないように避けながら暫く歩くと廊下の端、他の部屋からは離されたいかにもな位置に『怪異外神伝承調査対策課』と書かれた木製の表札が掛けられた部屋がぽつんと現れる、二人は家に帰るような自然さでその入口をくぐっていった。


 二人は小上がりで靴を脱ぎ板間の廊下に上がると、廊下の横に置いてある銭湯に有るような、木製の下駄箱の扉を開け靴を入れる、下駄箱にはそれぞれ『神崎 かんざき せん』と『猫塚 真帆ねこづか まほ』と書かれた木製の名前札が付いていた。


「お帰りなさい、センちゃんマホちゃん」


「ただいまーフジシマさん!」

「お疲れ様ですフジシマさん」


 板間の奥から女性の声が優しく二人を出迎え、二人は返事をしながら室内用のスリッパに履き替える。センは安っぽい緑のレザー風のスリッパで、マホは黒の猫耳付きモコモコスリッパだ。


 入口から廊下を抜け部屋に入ると、そこそこの広さの部屋があり壁には書類棚やロッカー等の事務用品が置かれ部屋の中央にはパソコンが置かれた事務机が向かい合って置かれ四つ一セットで二つの島になっており。


 その奥には少し立派な事務机が入口に向かって置かれ卓上札には課長と書いてある、さらにその事務机の向こうにはパーテーションで区切られた空間があるのがわかる。


 フジシマと呼ばれた女性は左側の島の中央奥側に座っていた、歳は三十代後半ぐらいだろうか後ろで軽く結ばれたゆったりとした黒髪に優しい顔立ちに微笑を浮かべていた、服装は落ち着いた色の折り襟のブラウスに無地のフレアスカートでオフィスカジュアルといった出で立ちである。


 フジシマと以外は誰も席に座っておらず、課長もどうやら席を外しているようだ。


「課長はすぐ戻るからって出ていったわよ、そうだ疲れたでしょお茶淹れるわね」


 フジシマは席を立つと部屋に併設された給湯室に入って行く、どうやら『怪異外神伝承調査対策課』の部署には給湯室や休憩室シャワー室なんかも併設されているらしい。


 フジシマを見送りセンとマホはフジシマと同じ島にある自分達の席に腰を下ろすと、センは噛みタバコを口に放り込み、マホは作りかけの羊毛フェルトを引き出しから取り出し思い思いにくつろぎ始める、場にまったりとした空気が流れ始めた頃三人分のお茶をお盆に乗せ部屋に戻って来た。


「ありがとうございますフジシマさん、今日は遅いんですね、お子さんは大丈夫なんですか?」


 センは噛みタバコを包み紙に吐き出しテイッシュで包むとゴミ箱に捨て、フジシマから無地のマグカップを受け取る。


「今日は旦那が寝かしつけてくれるから大丈夫なの、旦那に話したらなんてブラックな仕事なんだって怒られちゃったけど」


 フジシマはマグカップ手渡しながら、微妙な笑みを顔に浮かべる。


「それは旦那さんが正解だと思う、長時間労働反対、定時での開放をー!」


 マホは作りかけの羊毛フェルトを机に放りだし、ブサイクな猫がプリントされたマグカップを受け取る。


「マホが出勤してきたの日が落ちてからでしょ、まだ六時間ぐらいしか働いてないよ」


「センもじゃん!」


「あたしはちゃんと昼間から色々やってんの、お目付け役はやることがいっぱいあんのよ」


「センちゃんもここで見たので午後からだけどね……」


 疲れた顔のフジシマの視線はどこか遠くを眺めていた、マホの目が猫のように見開かれセンをじとっと見つめ、センは目線を逸らすとズズッっと茶を啜る。


「ごめんなさいは?」


「ごめん、少し盛った」


「私からしたら、どっちも大差ないけどね」


 フジシマは自分の席で手先を温めるようにマグカップを両手で握ると微笑して答えた、微笑の裏になにか怨念のようなものすらを感じる。


「「すいませんでした!!」」


「小娘達よ、わかれば良し」


 二人は息があった謝罪をみせフジシマは明るい笑顔で二人を許すと、皆の表情には自然と笑いが出ていた。一種のお約束のようなものなのだろうか、それともフジシマが疲れているのかはわからない。


「ご歓談中に失礼する、『怪異外神伝承調査対策課 神崎班 』所属『神崎 千』及び『猫塚 真帆』両名は帰省したならば、私に連絡をと伝えていたはずだが?」


 声に振り返ると入口には、スーツ姿の初老過ぎの大男が腕組みをして立っていた。短く刈り込まれた白髪交じりの髪に、同じく短く揃えられた顎髭が連なる、苦労で掘り出したような厳つい顔、瞳には煌々とした眼光が光る。

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異常調査のお役人 猫と煙草を添えて 塩焼 湖畔 @7878mrsk

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