猫と煙草のお役人(2)

 センはめんどくさそうな表情を浮かべ煙草の箱をトントンと叩き相手が電話に出るのを待つ、三コール程で通話は繋がった。

 

 センは煙草を叩く手を止め、かしこまったように腕を体の横に揃える、半音上がった丁寧な口調で現状の説明をしテレビ通話を繋げると説明に合わせて廃屋の中を歩き回る。

 

 懐中電灯で照らされたセンの目線の先を追いかける、正面奥の壁には魚のような化け物が描かれ血で染まったタペストリーが掛けられ、その前には木製でしっかりとした作りの長机が置いてあり、机の上中央には謎の半魚人モチーフの気味の悪い黄金像その左側には大皿に盛られた何かの生肉が置いてある。


 机の上とその上に置かれたもの全てに血が跳ねていたが机の一部分にだけ、四角く切り取られたように血痕の跡が消えている。


 床には血みどろの半魚人らしき死体数体とそのパーツが転がっていて、血で作られた足跡が一人分廃屋の外まで続いているが、廃屋の外で空でも飛んで消えたように足跡は途中で消えていた。


 ここが邪教徒の集会場で有るらしいことは現場の風景と事前に持っていた情報から察することはできるが、今回のこの惨状はセンの通話先も予想外であったようで困惑の声が電話越しに聞こえる。


 血の匂いが漂う廃屋の暗がりの中マホは赤黒い血溜まりと脂が乗り黄色味がかったモツを底の厚い靴で器用に避けて歩き、木製の長机の机の上に置いてある気味の悪い半魚人の黄金像をペタペタと触ると「ヤバ純金じゃん」と言った後に黄金像とのツーショットを取り始める、センの報告の為のビデオ通話に見切れるのもお構い無しといった感じである。


「いやー来たら終わってたなんて楽な仕事ですなー」

 マホは黄金像のご利益がありそうな所を適当に手で擦りつつ能天気な声を出す。


 本来で有ればマホとセンがこの邪教徒達を制圧し対処するのが今回の仕事であった、しかし来てみれば対象は物言わぬ死体となり仕事は消えていた、誰かに先を越されたのだ。

 

 マホはそのことを全く気にしていないようで、仕事が楽に早く終わったからウキウキだ。センの方もなにもないならさっさと帰りたいというのが本音のようだが表には出さないようにしている、どちらも似た者同士だ。


「よいしょっと、ちゃんと重いじゃん」


 手持ち無沙汰のマホは黄金像を少し重そうに抱きかかえていた、人が抱え上げるサイズ程の金となればいったい幾らの価値が付くのだろうか。


 黄金像の見た目は不気味で悍ましいが前衛的とも言えなくはなかった、それに金だとしたら最悪溶かせば価値は有るのだから、ただの物取りや強盗なら真っ先に持っていくだろう。


 センは通話をしながら触るなそれを置いて、とっとと外に出ろとジェンスチャーと目線をマホに向かってとばす。


「ケチ」


 マホは大人しく黄金像を元あった場所に戻し外に出ると、ぶつくさ何かを唱えながら小さな廃屋を大股で一周しまた入口に戻ると、廃屋の中に向かって小声で悪態をついた。


「誰がケチだ重要な証拠なの、ほらさっさと人払いの術を貼って」


 通話を終えたセンが廃屋の中から出てくると、面倒くさそうな顔でマホに指示を飛ばす。


「もうやったよ」


「ありがとう仕事早いじゃん、褒めて遣わす」


「まっ私ってば、できる女だからさ」


 マホは薄い胸を張りドヤ顔で答えた。


「へいへい」


 センは煙草の箱をトントンと叩き新しい煙草を取り出し口に加え火を付ける、その間マホの方に視線は一度も向かなかった。


「私に興味なさすぎでは〜?」


「信頼ってやつよ」


「信頼ってやつかー」


 マホは何かに納得したように腕を組んで頷いている。


「ところでマホはこの現場どう思う?」


「汚い、臭い、でもきつくはなかったかな」


「3Kの話は今じゃないのよ、廃屋の周りになんかなかった?」


「なんか手掛かりになりそうな物は何もないね、魔力の痕跡も無し」


「正面の入口は?」


 マホはネコのように目を光らせ正面玄関を見やる、その瞳孔は暗闇で光る猫の瞳のようにまん丸に開く。


「薄っすい魔力の跡みたいなのは有るけど、軌跡は足跡とだいたい一致かな」


「魔力の痕跡消し切れてないってこと?」


「うーん違うと思う、なんか雑だしやり方パワフルだから同業者っぽくはない感じする」


 魔術師というものは一般的に自分達の痕跡や存在を秘匿する、それは魔術師の中での不文律であり犯罪者であっても大抵同じだ、むしろ後ろ暗い者で有るほど隠していたほうが一般社会ではやりやすいだろう。

 

 自らが魔術師や魔法使いだと、公言して犯罪を犯す奴はだいたいが詐欺師である、何故なら魔術や魔法と言われる物の中には自らの姿や痕跡を隠すものなどいくつも有り、それにそれ程難しいというものでは無い。


 ましてや魔術で犯罪を行おうとする者がそのような術を覚えないはずもないからだ、先程マホが使った人払いの魔術も一般的な人が心理的に見たり聴いたり近づきたくなくなるような結界を貼る術であり、ごくありふれたこの術は様式は違えど様々な宗派や流派に存在している。


 人為的に人目につかない場所を何処にでも作れる、これだけでも悪用のし甲斐は有るだろう、他にも死体や血痕、足跡を消せる術など悪人御用達の術はわんさかあるのだが、魔力の痕跡がないということはここにはそのどれもが使われていないのである。


 暫く考え込んだ後センは煙草の煙を吐き出し、青白く光る月に照らされた窓の外を見やったオリオン座が空に輝き冷たい風が廃屋に吹き込む。


 センの頭にヤニが回り拙いあらすじが脳裏に煙のように広がる、死体の傷から凶器は刃物だろう。つまり邪教徒の集会に一人で飛び込んだサイボーグが邪教徒を刃物で惨殺解体した、さながら三流ホラー映画のワンシーンだ、そしてここに邪教徒とターミネーターの聖戦の火蓋が切って落とされるのである。


 そうなるともはや勝手にやっていろと言うしかない現場では有る。


「ざっと見た感じだと刃物を使った惨殺事件だけど、生身で化け物をここまで惨殺する奴なんてマトモな人間じゃないし、そうなると化け物カルトとターミネーターの抗争とか?」センは独り言を呟く。


「仁義なき戦いってやつか、てっいうかさターミネーターはサイボーグじゃなくてロボットじゃんね? 私なら絶対あの純金像は持って帰るけどなーロボットにも資金は必要っしょ」


「あの世界のロボットに貨幣経済は存在しないだろ、ちなみにあの黄金像は重いくせに純金じゃないよ、どうせ持って帰るならもっと足が付きにくくて持ち運びやすい物の方が……」


 センはなにかに気が付いたのか急いで廃屋の室内に戻り木製の長机を懐中電灯で照らし直す、左から大皿に盛られたなにかの肉、謎のモチーフの黄金像、そして四角く切り取られたような血痕が懐中電灯の灯りに順番に照らされる。


 机の上になにか四角い物が置いてあったから鮮血がそれに遮られそこだけ飛び散った血が机にまで付着しなかったのだろう、丁度そこには何かを守ろうとしたように死体が机の前に一体転がっている。


 血塗られた長机の上に有る血痕の白欠けには、厚みがある本が丁度パズルのようにピッタリとはまりそうだった、ではその本は何処へ? 襲撃者の足跡と魔力の痕跡は同じ道を辿っていて魔術書は僅かに魔力を帯びている、つまり襲撃者に持ち出されたということだろう。


「ねぇマホ、そういえば回収目標の魔術書ってあったよね?」


 入口からマホの答えが聞こえる。


「ルルイエ異本でしょ、部屋の中にあったっけ? というかホントにこんな小汚いところに持ち込まれてるのかな、あれその辺に落ちてるような物じゃないよ」


 マホの言葉を切るようにセンのスマートフォンが鳴り、先ほどの通話相手とは別の登録名が液晶に表示される『対策課 課長』。


 センは嫌そうな顔でスマートフォンの通話を繋げる、なにか情報が入ったらしいやり取りの後に通話は切られ、センとマホのスマートフォンに次の目的地の詳細が送られてきた。


「残業か〜……」


 マホの残念そうな声が廃屋に響く。

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