猫と煙草のお役人(1)

 「ねぇー打ち上げどうする?いつもの店?あっ私モツ鍋食べたーい!今モツの口なった」


 「美味しいモツ鍋屋はっと」少し間の抜けた可愛いらしい若い女性の声が、鈴のようにころころと鳴り異臭漂う小さな廃屋の暗がりの中に響く。


 彼女は黒とピンクのネイルで飾られた指で器用に『美味しいモツ鍋屋』をスマホで検索している。彼女の操作するスマホのカバーも黒とピンクカラーリングで、猫のチャームでデコレーションされている。


 彼女の服装もネイルとスマホのカバーと同じ黒とピンクの可愛らしい色合いで、巷で地雷系と呼ばれる服装だ。


 服についたフリルとピンクのメッシュが入ったツインテールが彼女の動きに合わせてゆらゆらと揺れる、可愛らしい顔に気合いの入ったアイメイク、その盛られた双眸はスマホに映るグルメサイトの星を凝視していた。


「……マホそれ本気で言ってるの? 仕事はなにも終わってないし、それにこの状況でモツとか正気?」


 スマホを凝視するマホの前方、腰ほどの高さから低い女性の声が聞こえる、聞こえてくる声には気怠さと小さなため息が混ざっていた。


 低い声の主はしゃがみながら手を合わせると、床に横たわる凄惨な遺体に簡素ではあるが真摯な祈りを捧げていた。


 「美味しいからいいじゃん、あたしモツ好き」と言っているマホに対して、低い声の女性は、静かに大人しくしていろと言う様な目線で答えた。


 マホはハイハイと生返事を返すと、スマホをタプタプと操作し始める。低い声の女性は目線を遺体に戻し祈りを終えるとあらためて周囲の状況を見やった。


 床に散らばる遺体は確認できる頭の数だけで数えて四体はあり、その全ての損傷が激しく肉片や内臓は抉り出されたように、辺りに飛び散り吹き出したであろう血が遺体の周りの床や壁を赤黒く染めていた。


 なにか分厚い刃物を力いっぱいにぶつけられ破壊されたというような具合の死体だが、とても人間の力でやったとは思えない壊れ方であった、油圧ショベルのような重機で引き裂いたと言われる方がまだ信用できる。


 壁や床それに長椅子などの家具についた傷跡から遺体となった者達の激しい抵抗の痕跡と、遺体の損傷具合から犯人の激しい衝動が見て取れる。


 遺体の残った瞳は大きく見開かれていた、その瞳は厚ぼったく腫れ上がった瞼のせいで遺体の瞳を閉じてやることはできなかった。遺体の肌は生気が抜けたように灰色になり、下顎が切り飛ばされ閉まらなくなった口であったものには黄ばんだ細い歯がのこぎりの歯のように並んでいた。


 転がっている遺体の見た目は人間ではない、遺体にはぐちゃぐちゃだが鱗の様なものやエラの様なものを備え付けているのが見て取れた。


 死んだ半魚人がバラバラになり辺りに転がっている、その様子を二人は特に気にした様でもなく淡々と各々の作業を進めている。


 低い声の女性は立ち上がると小型の懐中電灯片手に入口付近から部屋の奥に散策に向かう。低い声の女性は二十代後半ぐらいだろうか、立ち上がると背が高くパンツスタイルの黒いカジュアルスーツがスラッとしたスタイルを際立たせている、声や見た目の雰囲気から落ち着いて見える。


 部屋の中央にある窓から差し込む月光に照らされ低い声の女性の顔がよく見えた。彼女は整った目鼻立ちだが、少しタレた目の下にはナチュラルなメイクでは隠しきれないクマが刻まれ、そのせいもあり気だるげな印象を受ける。髪型はショートのボブヘアでサイドの毛先から片耳だけのピアスが月光で輝いていた。


 部屋の奥に置かれた長机とその上の物が懐中電灯の灯りに照らされると低い声の女性が灯りを動かしていた手を止めた、ジャケットの内ポケットから煙草を取り出すと火を付けゆっくりと吸い込み深く息を吐いた。


 紫煙の隙間から覗くその表情はスマホに向かい合う楽しそうなマホとは正反対で眉間に力が入っている、なにか考え事をしているようだ。


「良さそうなとこ見つけたんだけどさ、全席禁煙で喫煙所付近に無しだってどうするセン?」


 茶化すような声を出しながらマホはパタパタと近づき、グルメサイトが表示されたスマホの画面を一服中の低い声の女性、センの眼前に押し付ける。


「絶対やだ」


 センは低いドスの効いた声で不機嫌に答えた。


「時代に逆行していくじゃん、世の中は分煙と嫌煙と禁煙の時代だよ?」


「私はいつでも自分の最先端なの、それにそういう適当なグルメサイト参考にするのやめな、当たった試しないから」


「ほらここ肉寿司食べ放題って書いてあるよ!」


「話聞け?絶対やめろ?」


「冗談じゃん、ということでセン先生のおすすめのお店連れてってよ」


 マホは調子良くセンに店を訪ねてくる、どうやらマホは暇を持て余しているらしい。少し相手をしてやるかその方が、静かになるかもしれないセンはそう思い答えを返す。


「もう検索は飽きたの?」


「飽きたつまんないしセンに聞いたほうが早いよ、これも信頼ってことで」


「都合いい信頼だことで」


 センは煙草の煙を眺め少し考えを整理しようと試みたが思いつくのはありきたりな顛末ばかりだった。


 この現場は何かがおかしいが調査は専門でもなければ得意な方でもない、この仕事『怪異外神伝承調査対策課』の自称腕力担当のお役人として数年この愛すべきおバカなマホとやってきたのだ。


 捜査ではなく操作ならそこそこ覚えがあるのだが、そんなことばかり思いつくが考えはまとまらなかった今私の推理で断定できるのは旨いモツ鍋屋の場所ぐらいである。


「ほんじゃまあ、引き継ぎ終わったら行きますか」


「やったー!やっぱり持つべきものは相棒ってやつだね」


「そういうこと、もっと感謝しなよ」


「ありがちょ♡」


 マホは指でハートを作るとウィンクした。


「なんかムカつく」


「なんでさ?美少女からのサービス付き感謝ぞ?」


 マホは自信満々だった。


「そういうとこかな」


「そうだ、めっちゃどうでもいい話していい?」


 マホは自分がやりたいようにころころと話を変える、きっとセンの言いたいのはそういう所だ。


「聞いて無くてもいいなら良いよ」


「おっけー最近さオカルト系?のYouTuberにハマっててーそうだこの子あたしの友達なんだけどね、これその動画なんだけどさー」マホはそのYouTubeの動画をスマートフォンで映し出し独りでに話し続ける。


 センは構わず話始めるマホの話を丸々無視すると、引き続きの準備のためにポケット灰皿で煙草を消し、スマートフォンを取り出すと右手に持ち、左手に懐中電灯を構えて部屋の廃屋入口まで戻った、後は通話をかけテレビ通話で現場を映し軽く説明するだけだ、後は調査の人員が現地に来て調べてくれるだろう。


 センは入口までの道すがら目だけを動かして可愛い声が聴こえるマホのスマホの画面をチラっと見た、配信者はなかなか可愛い娘であったがそこに触れると長く面倒になりそうので置いておく、今は動画の中のオカルトよりも目の前のオカルトだ。


 センがスマートフォンで通話をかけると、液晶には『怪異外神伝承調査対策課』と表示されている。

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