婚約を破棄された令嬢に起こる事・リアル編

さくらこよみ

第1話

「婚約を破棄する。」



 声高らかにアレクシル殿下が宣言した。


「婚約者として、アーロントン公爵令嬢レティシアを私は許せぬ。

 リアーナ嬢に対する、身分を笠に着たいやがらせの数々のみならず、学園祭の費用を個人の都合で融通し、私腹を肥やすなど、到底許せるものではない。」


 周りの人々は、息をのんで成り行きを見守った。


 まず、何が始まったのだろうという興味は、参加しているそれぞれの立場によって、同情、非難、呆れに変わっていった。


 何といっても、この場は国王もご臨席される国立学園の卒業記念舞踏会が始まったところ。


 国王陛下は、まだ御臨席されていないが、それでも格式の高い舞踏会。


 そんな場所で、殿下は男爵令嬢であるリアーナ嬢を腰にまとわりつかせて婚約破棄宣言。なんて非常識極まりない。


 アレクシル殿下の目の前にいる公爵令嬢レティシア様は、その場で何も言わず、佇んでいる。



「反論があるなら申してみよ。」



 公爵令嬢レティシア様は何も言わずに佇んだまま……


 ***********


 さて困った。


 こんばんは。


 私はレティシア様の側仕えをしている、コートニーと申します。

 側仕えとして、レティシア様とご一緒させていただいておりましたが、いきなり目の前で始まった婚約破棄の断罪劇。

 まったく予想していない事態に、私は耳を疑いましたが、それよりも、レティシア様。



 固まってますね……



 アレクシル殿下とレティシア様の周りは、ぽっかりと空間ができてしまいました。


 周りにいた人たちは、その場からは離れようと思ったようですが、とても興味をそそる事態だったのでしょう、少しだけ離れて遠巻きに様子を見ているようです。


 私はぽっかりと空いた円の縁にいます。



「なぜ、レティシア様は何も言わないのだろう。言い訳位すればいいのに」



「アレクシル殿下の言っていることは本当かしら、レティシア様がなにもおっしゃらないのは、そういう事?」


 周りの観客がひそひそ声で話をしていますが、聞こえてます聞こえてます。


 そんな中、急に後ろから肩を引かれました

 振り向いてみると、肩を引いてきた相手は、ヴィンセント殿下……。いや、びっくりするからやめてほしいです。



「何がどうしてこうなった?」


 ヴィンセント殿下は第3王子、ちなみに断罪劇の主役のアレクシル殿下は第1王子です。

 レティシア様とアレクシル殿下が今年卒業を迎えられ、私は1年生で、側仕えとしてお仕えして1年が経ちました。

 ヴィンセント殿下は、私と同学年で同じクラス……


「わかりません。何が何だか。いきなりアレクシル殿下が大声で話し始めました。レティシア様は、茫然自失状態、えっと、唖然としているというか、何も考えられずに頭真っ白になっていて、王太子の話が耳に届いていないと思います。」


「それって、どうなるの?」


「しばらくすると我に返ると思われますが、その間の記憶はないものと思われますので、事態をつかむこともできずに……」


「アレクシル兄上にやられっぱなしになるってことか。」


「ですね~、だれか助けに行けばいいのにって思ってます。私にはできないので……」


「連れ出せばいいんだな。そのあとはどうする。」


「控えの間にお連れします。事情を説明してご自宅での休養が必要と思われます。」


「解った。後で詳しい話を聞かせてほしい。」


「え?私に??まぁ、私でよろしければ」


「後で連絡する。」


 そういうと、ヴィンセント殿下は、大演説をしているアレクシル殿下の前に立ちふさがりました。



「兄上、そこまでになさってください。このような場で、公爵令嬢に声をかけたこと、お覚悟と重要さは、周りの方々にしっかり伝わったことでしょう。その公爵令嬢は、体調が悪そうだ。そこの君、公爵令嬢を控えの間に」


 え?そこの君って私??側仕えですし問題はないのですが、ヴィンセント殿下が行くと思ってました。

 まぁ、レティシア様が我に返ったときに、私がいれば安心してくださるかもしれない。

 仕方がない、行きましょう。



「承りました。」お辞儀をしてレティシア様に近づきます。


「レティシア様、ご気分が悪い様子。こちらへお越しください。」と、手を取ると、ふっと我に返った様子になり、腕を引く私についてきてくださいます。


「レティシア」とアレクシル殿下が強い口調で声をかけるのを、ヴィンセント殿下が遮って、目で早くいけと合図をされました。


 目の前はモーゼの十戒のように人が割れて、私たちを通してくれます。


 進んでいくと、後ろからはレティシア様がくっついて来ているのを感じます。


 そのまま、控えの間に下がり、控えの間から、休憩室として使っている個室に移りました。


 部屋には護衛騎士2名と、お世話係のメイドさんが2名、私とレティシア様。


 レティシア様に椅子に腰かけていただくと、ガタガタ震えだしました。

 今、我に返られたのでしょう。


 レティシア様が、第1王子であるアレクシル殿下の婚約者になったのは3年前です。

 私は1年前からしかレティシア様を見ていませんが、それはもう、毎日大変努力しておいでになります。

 学園での成績は常にトップクラス。

 また、立ち居振る舞いも完璧、どこを取っても第一王子の婚約者にふさわしいお方です。

 お裁縫などの器用さを求められる事は少し得意ではないご様子なのですが、

 苦手な事にも果敢に取り組んでいらっしゃる姿を見ると、私自身も頑張らねばという気持ちになります。

 側仕えとして、お側につかせていただいてからも、優しくご指導くださいます。

 言ってみれば、公爵令嬢として完璧。私の理想です。


 そんなレティシア様を、あんなふうに貶めるなんて、アレクシル殿下のお考えはさっぱりわかりません。



 その時、バーンっと大きな音を立てて扉が開きました。


 アーロントン公爵の登場です。



「何があった?どうしてこうなった。」


 公爵は、相当お怒りのようです。顔が真っ赤になっていらっしゃいます。


 周りにいたお世話係のメイドさんが震えてますが、今ここで話せるのは、私しかいないようで……


「レティシア様の側仕えのコートニーが、アーロントン公爵にご挨拶申し上げます。」と声を上げました。


「挨拶はいい。何があったか申せ!」


 うわっすっごい怒ってる。怒気を私に向けないでほしいです。


「と言われましても、レティシア様は、陛下のご臨席があるまでのお時間を、ご学友様たちとご歓談されておいででした。

 そこに、アレクシル殿下がかなりの勢いでやってきて、いきなり婚約破棄と申されたのです。

 その後、理由をおっしゃっておりましたが、内容については思い当たることが一つもなく、私は詳細には覚えておりません。」



「そうか、殿下のお話しされた内容については、宮廷書記官が書き記している。

 あとで確認するが、それよりもレティシアはなぜこうなった。」


 さて、困りました。答えられるのですが、答えていいものか。



 レティシア様は、ショックな出来事にあって、惨事反応でこうなっています……


 なぜ、私がそんな事が解るかというと、実は私は前世持ちでして、私の前世は、心理カウンセラーだったのです。

 どうやら60歳を前にして、大きな地震が起こったところまではおぼろげに覚えているのですが、まぁ、そういう事なのでょう。

 前世では、事故や災害などでショックな出来事にあった方の心理的支援とか、その技術の普及とかしていたのです。

 これまで、だれにも前世の事は話していませんので、その知識を持っていることを尋ねられると困る……のですが、


 まぁ、大変お世話になっているレティシア様の事なので、話してしまいましょうか。



「公爵様、レティシア様は、いきなり突き付けられた婚約破棄にショックを受け、心や体に変化が起きています。

 すこし長くなりますが、詳しく説明させていただけますか。」


「うむ、そなたの知っていることを申せ」


 さて、では話しますか。知っていることといわれるたので“長いの”行きましょう・


「解りました。人はショックな出来事に対応するために、心や体が変化します。

 公爵令嬢は自分が危険な状態と認識して”茫然自失”、いわゆる死んだふり状態になって、動けなくなったのです。

 人は、原始人の時代から生き残ってきた知恵、本能があります。

 その本能が危険な事態が起こったと感じると、生き残るために心や体を変化させるのです。

 例えば、急に誰かが投げた石が目の前に飛んできたとします。

 すると、避けますよね。避けるときに何か考えたりとかせずに、体が勝手に反応すると思います。

 もし、避けずにぶつかってしまう人は、生き残れないでしょうから、我々のご先祖様ではありません。

 我々には生き残るための知恵が、本能として備わっています。


 その中で、ショックな出来事の直後におこる反応のひとつが、レティシア様に起こった茫然自失です。」


 ここで、メイドさんが入れてくれた紅茶を一口飲みます。いっぱい話しているので喉が渇くのです。


 公爵は、「そうか、解った。レティシアは何も反論をしなかったと聞いている。それは茫然自失だったからなんだな。」とおっしゃいました。


 私は続けて言います。


「その通りです。ショックのあまり茫然自失になっていらっしゃるようにお見受けいたしましたので、レティシア様は、アレクシル殿下のお話は全く覚えておられないと思います。」


「そうなのか?」公爵は、椅子に腰かけて落ち着かない様子のレティシア様に問いかけます。


 レティシア様は、震えるお声で、お答えになりました。


「はい。婚約破棄と言われて、ショックでした。そのあとは何も覚えておりません。」


「そうか、今後の詳しい事は私に任せなさい。何かわかり次第、お前に教えよう。今日は帰ってゆっくり休むがよい。」


 公爵様は優しくレティシア様に語りかけました。


 席を立とうという雰囲気を感じましたが、公爵様にまだ大事なことをお伝えしていません。


 私は急いで話し始めます。


「もう一つ、お伝えしたい事がございます。」


 立ち上がろうとしていた公爵は、椅子に腰かけ直し、「申してみよ」と言ってくださいました。


「レティシア様にお休みいただく期間ですが、」


 ここで少し溜める。きっとびっくりすると思うので。



「1か月から1か月半をお考え下さい。」


 案の定、公爵はびっくりした感じで、


「そんなにか……」


 と、私をご覧になります。

 その視線は、なぜそうなるのか話せという事ですね。

 わかりました。


「先程お伝えしました本能が落ち着くまで、それくらいかかります。そもそも本能は生き残ろうとする力ですが、

 危険から遠ざけてくれるものでもあるのです。

 そこで、一番安心安全な場所とはどこでしょう。」


 公爵が答えてくださいました。


「自分の部屋か……」


「そのとおりです。その安心安全な場所に引き籠らせようと、レティシア様に、危険を感じた場面を思い出させたり、

 悪夢を見せたり、いろいろな手段を取ってきます。

 安心安全な場所にいて、本能がもう大丈夫、と役割を終えて落ち着くまでの時間がそのくらいなのです。」


 ご納得いただけたようなので、続けます。


「また、その間、他にもレティシア様にいろいろな心や体の変化が起こります。

 私がお側でお支えできればと思うのですが、いかがでしょうか。」


 公爵は、良かろうと言ってくださいました。


 レティシア様は、涙目で私を見てくださっています。大丈夫です。私がお側におります。

 ご心配なく。元気なレティシア様に戻れます。


 さて、その後、1か月でレティシア様は元気になられました。

 よかったよかった。


 レティシア様に起こる変化を逐一説明してきたので、不安を解消していただくことができた成果だと思います。

 私はその間、通いで公爵邸にでお伺いすることができ、家ではできない贅沢を楽しむことができました。


 しかし、その間、アレクシル殿下を懲らしめる策を考えさせられたり、


 それを実行して、アレクシル殿下が離宮に籠られたり、リアーナ嬢が平民になったりしました。


 懲らしめる策は、公爵が主体となって事実関係を調査した結果に、少しだけ、ほんの少しだけ、メンタルヘルスの知識を混ぜさせていただいただけなのですが……


 効果は、申し上げた通り。このままいけば、アレクシル殿下は廃嫡になるでしょう。


 そのお話は要望いただければ、またの機会にお話しいたしましょう。


 また……なぜだか最近、私の後ろには、ヴィンセント殿下がいらっしゃることが多くなったのですが……

 レティシア様に起こったことはお話ししましたよ?

 う~ん?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚約を破棄された令嬢に起こる事・リアル編 さくらこよみ @sakura_coyomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ