最終回
ふたり並んで食べたひさしぶりの食事は本当に美味しくて
一緒にお皿を洗いながらもおしゃべりをするのが止まらなくて。
職場の館長が最近家事を始めたみたいだと話すと
最近の男性は簡単なごはんくらい作れないとだめだよねと微笑む。
でも、不器用な旦那さんが一生懸命作ってくれる、きっとその気持ちだけでも
奥さん嬉しいんじゃないかなと笑った。
食器を洗ったあとに、天気予報が見たいと言ったゆきちゃんとテレビを付ける。
明日は何のメニューにしようかなあ、寒かったら鍋かなあと楽しそうに。
テレビを付けるとお笑い番組をやっていた。
「あ」
「ん?」
ゆきちゃんが天気予報に変えようとした画面をそのままで、小さく声を出した。
「このコンビ、またネタやるんだ」
いつだったかここでふたりで、
僕らが子供の頃の人気芸人が、いつのまにか売れて司会しかしなくなり
ネタをやめてしまったことを残念がったのを思い出した。
「ほんとだ」
画面の真ん中に、懐かしいスタンドマイク。
久しぶりに漫才をするというふたりは、なんだかとても楽しそうに生き生きとして見えた。
新しいネタは昔と同じハイテンションで、けれど新しい、ふたりのリズムで。
テレビを見たあと、のんびりと食後のお茶をソファで並んで飲む。
今までと違うのは、その距離感だ。
ぴたりと体が近くて、どきどきしているのを悟られないようにと思っているのに
「照れてますか?」
とからかってくる。
「照れてるよ。緊張して倒れそうだよ」
「…素直なんだ」
「意地張ったって見破るだろ」
「あはは。まあね」
「……館長のところも、街で歩いてる老夫婦もさ、はじめは緊張してたんだろうなあと思うよ」
「そうだね」
「長年連れ添ってる夫婦が羨ましいんだ」
「うん」
「だって、離婚もせずにどちらも死なずにここまでやってきたってことだもんなあ」
「……そうだねえ」
「僕はやっぱり、怖いんだ、失うことが」
「……」
「だから、お年寄りになるまで添い遂げられたことが羨ましくて仕方ない」
きっとこんな性格の自分は、年寄りになるまで、ずうっと、失う恐怖と戦うのかもしれない。
「……ごめん、こんな暗い話」
「……若いうちに離れ離れになっちゃったら、それはたしかに残念だとは思うけど」
こく、と紅茶を一口飲んだゆきちゃんが、ぽつ、と言葉を灯す。
「うん」
少なくとも僕のこんな話にきちんと向き合ってくれるのが本当にありがたいと思う。
「でも、不幸、ではないって思うよ」
「え?」
「もしもね、例えば早くにどっちかの身になにかあって離れ離れになってしまっても、だからといってそのふたりが不幸かなんてわかんないって思うの」
「……それは、たしかに」
「たとえばそばにいても心が通じてない夫婦っていると思うし、それだったらわたしは短くてもすっごく仲良く楽しくすごした夫婦が幸せだったって言っていいって思う」
「………」
「綺麗ごとかもしれないけど。そう信じたいって思うの」
「………」
「……100年分、愛せばいいって思うの」
「………」
100年分、愛せば。
「望月くんのお母さん、すっごい楽しい人だったよね」
中学生の僕に、ブーツの形をしたクリスマスお菓子の詰め合わせを買ってきてくれたことがあった。くまさんのケーキを用意されて、恥ずかしかったけれど楽しくて。
「………」
「幸せって、長さだけじゃないって思う。
望月くんとお母さんが不幸なんかじゃなかったみたいに」
「100年分……」
「うん。いっぱい愛したねって、楽しかったねって、
そう、自信を持って言えるふたりであればいいって思うの。」
いつだったか、台風の時に母親が帰ってこれなくて、暗い部屋でひとり
ものすごくさみしかった。うちにはなんで母親しかいないんだって、泣きたかった。
けれどもしかしたら、やっと深夜に帰宅して俺を抱きしめたとき、
泣きたかったのは、母親のほうだったんじゃないかって、ふと、そう思った。
僕は間違いなく、100年分愛された。そう思えて、涙が出てきた。
いつどうなるかなんて神様にもわからない世界で。
離れ離れになったあとに、悲しみの中で
晴れ晴れとそう思えたなら。
そうか、長さでは測れないのかと、心からそう思えた。
ずうっと胸につかえていた不安が、少しずつ薄まっていくような感覚があって、
隣をみたらふんわりと微笑むゆきちゃんがいて。
「隣にいるからね」
そう胸を張ってくれて。
地球は太陽の周りをまわる。その周りで星々が輝く。
綺麗だねって言いながらメリーゴーランドのように楽しくそれを眺めるときも、
星なんて見る余裕のない、マラソンでひたすら走るような大変なときも。
どんな一周も重ねていけたらいいと思う。
隣で笑う君と、
1秒ずつを、積み重ねて。
おはなしおしまい。
メリーゴーラウンド kiumi @kiumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます