第32話 男女の友情を問うた時点で、友情としては終わっている

 一刻も早くあの人がいる空間から離れたくて、重たいドレスの裾を握りながら、必死で階段を駆け下りた。


「──待ってよ清忠!」


 不意にぐいっと腕が引かれ、俺は振り返る。そこにいたのは、必死に俺の腕にしがみつく双葉の姿。


「はぁ……はぁ……清忠……大丈夫?」

「えぇっ、と……そっちこそ大丈夫?」


 走って追いかけてきたのか、双葉はかなり息が上がっており、今にも死にそうな顔をしている。

 

「だ……だいじょーぶ、だいじょーぶ……はぁ……はぁ……と、とりあえず……ここじゃ何だし……外で……話そっか」

「お、おう」



 レンタルしたドレスを返す前に、俺は売店で『HAKODATE LOVE♡』と書かれたTシャツを購入し、それを制服のズボンと合わせて女装を解除した。Tシャツはもちろん双葉セレクトである。……日本大好きな外国人かよ。

 

「も〜。急に走り出したらびっくりするじゃん」

「ご、ごめん」

「あ~あ。もっとドレス着てたかったのにな~」


 そう言いつつ、冗談っぽく笑う双葉を見ると、俺も少し落ち着いてきた。


「……ねえ。さっき写真撮ってくれてた女の子、知り合いなの?」

「知り合い……まあ、そうだな」


 互いが互いを認知している関係性を知り合いとするならば、俺とあの人は間違いなく知り合いだ。――忘れたいし、忘れられてしまいたい人だけれど。


「ふーん」


 絶対詮索されると思ったのに、双葉はそれ以上何も尋ねなかった。


「えっと……聞かないのか?」


 耐えきれず、俺が逆に尋ねてしまう。


「だって、顔見ればなんとなくわかるもん。……あたしも、何度も見た顔だから」


 『あたしも』という言葉に、疑問はなかった。俺もかつて、あの人を双葉に重ねたから。

 きっと彼女は、俺が告白した世界線の双葉つぐで――にとって俺の苦悩は、何も特別じゃない、ありふれたもの。


「……もしも俺が気持ちを隠し続けられたら、ずっと友だちでいられたのかな」


 あの日告白しなければ、今頃俺たちまけくど最新刊の話題で盛り上がって――ううん、そうじゃないな。

 俺がその繋がりに、友だち以上の何かを願った時。そこできっと、俺たちの友情は、終わっていたんだ。


「──あたしたちみたいな女の子はね、周りによりかからなきゃ、生きられないんだ」


 そう語る双葉の声は、寂しげな響きを帯びていた。


「一人で生きるのが怖くて。誰かに依存するのも怖くて。だから結局、いろんな人にすがって、傷つけるの。友情も、恋愛も、利害の一致の延長に過ぎないのに。それを都合良く利用して、壊しちゃうんだ」

「……そっか」


 彼方くんの一件で、俺はそれをよく知っている。そして俺は、その都合の良い関係を、心地良いと感じてしまったのだ。


「清忠はさ、私と初めて会った時のこと覚えてる?」

「……忘れるわけがないだろ」


 あんな最低の告白を。


「まあ、ちょっと失礼だったかなって反省はしてる」

「それは何よりです」


 初対面の相手に2番目の男になることを求めるのは、ちょっとどころじゃなく失礼だけどな。


「でもさ、やっぱり男女の友情って、成立しないんだよね」

「そう、なのか?」

「うん。だってさ、片方が好きになったら、対等な関係じゃなくなるんだよ? そんなの……友だちなんて呼べないよ」


 俺と双葉も?、と俺が問うまでもなく。彼女は答えていた


「あたしと清忠もそう。あたしが告白して、清忠は振ったんだもん。全然対等じゃないよ」

「けど双葉には彼方くんが――」

「そうだよ。あたしは誰よりも光琉が好き。その気持ちに嘘はない」

「それなら……」

「でもね、あたしは清忠を誰かに取られるのも嫌なの。彼氏も達だちも独り占めしたい。へへ、わがままでしょ?」


 たしかにわがままで、とんでもなく自己中だ。ちょっと得意げなのが信じられない。


「でもね。そんなあたしが、あたしは大好きなの」

「まあ……それは知ってた」

「そう。だから清忠もさ。もっと自分勝手に生きて良いと思うんだ」

「自分勝手に……」

「うん。自分は悪くないって開き直るとか。振った女を憎むとかさ」


 決して褒められた生き方じゃないとは思う。でも、たしかに一理はある。

 自分を責めたって、誰かの役に立つわけじゃない。それならば、少しでも自分が明るくいられる道を選ぶ方が、ずっと健全で、合理的だ。


「ありがとう双葉。少し気持ちの整理がついた」

「それはよかった~。んじゃ、そろそろ戻ろっか~。次はみんなで五稜郭行こ~」

「だな」


 新選組とマジカルフロッピーのコラボは絶対に外せない。一応女装も解けたしね。


「……ねえ、清忠」

「ん?」

「――清忠は振られたかもしれないけど。そんな清忠に振られた女の子もいるってこと、忘れないでね」


 彼女の切なげな表情の真意を、俺は測ることができなかった。

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ヒロインみーんな彼氏持ち!?なラブコメ〜〜〜俺を助けたセクシーギャルも、俺と結婚を誓った美少女幼馴染も、俺の下駄箱に手紙をいれた童顔ツインテール女子も、もれなくみんな彼氏がいる…… 薬味たひち @yakumitahichi

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