第31話 恋愛経験0、失恋経験1
「4名様ですね。それでは、お好きなドレスを選んでいただいて、お決まりになりましたらお声かけください」
「は~い。わかりました〜」
双葉が機嫌よく受付を済ませると、女性たちは種々様々なドレスに目を輝かせた。
まあ気持ちはわかる。女の子にとってプリンセスは、男の子にとっての戦隊ヒーロー、永遠の憧れだもん。しかも公会堂は、中世ヨーロッパの貴族が住んでいそうなおしゃれな内装で、写真映えも間違えなし。そりゃわくわくだろう。
ちなみに男性陣は既に入場し、先に公会堂内を見て回っている。俺もそっちのグループがよかったなぁ……。
「どれも素敵で迷ってしまいますね」
「わかる! てか心優がドレス着たらまじでお姫様じゃん」
「ふふ。ありがとうございます」
「うちは何にしよ~かな~」
佐倉と津久志さんがキャッキャと盛り上がっている。
金髪美少女お嬢様という、属性が既にプリンセスすぎる津久志さんは言わずもがな、個人的には佐倉のドレスも気になるんだよね。こういうの着てるイメージはないけど、美人だし、ギャップ萌えで風戸がまた惚れ直してそう。
「清忠はどれにするか決まった~?」
「いやぁ……俺は、わからんし。なんでもいいかな」
「え〜、もったいないよ~。ほら、こっち来て!」
遠目でドレスを眺めていた俺の背中を双葉が押した。仕方ない、俺も何か選ぶか。
それにしても、双葉ってコスプレみたいな衣装好きだよね。バイト先ではメイド服着てるし、こないだのチアもノリノリだったし。
「これとかいいんじゃない?」
双葉が取り出したのは妖精感のある淡緑のドレス。う~ん、神秘的な雰囲気が素敵で、どこかマジカルフロッピー味もあるけど、オフショルダーでセクシーなのがやや気になる。
かといって、これ以上考えたくもないので、俺は双葉に一任することにした。
「……じゃあそれで」
「おっけ~」
ほどなくして他のみんなもドレスを選ぶと、それぞれが着替え用の個室に移動した。
そして――。
「海堂、妖精さんみたいで可愛い~」
「お、おう……」
「こうして並ぶと、4姉妹みたいですね」
「ねえねえ、早く写真撮りに行こ!」
※
公会堂は明治時代に建てられた洋風の建築物で、国の重要文化財にも指定されているらしい。昨日、旅行誌を読みながら彼方くんが教えてくれた。
ドレスのレンタル時間は30分なので、プリンセスたちは写真映えしそうな場所を見つけては撮影に勤しんでいる。俺は肩出しがスースーしてどうにも落ち着かない。
「おお、海堂いいじゃん」
「似合ってる」
合流した風戸と岩本くんが口々に俺を褒め称えた。さらに彼方くんも。
「可愛いよ、海堂くん」
「それは……ありがと」
――外見の変化により心も女々しくなってしまったのか、イケメンたち
にチヤホヤされて頬が熱い。でもやっぱり、この中でもしも付き合えるなら彼方くんだなぁ。守ってくれそうだもん。ごめんな双葉。
「……光琉にデレデレしないで」
「え、えぇ」
まるで心の声を察知したかのように、恨めしそうに俺を睨みつける双葉。裾が膨らんだ薄桃色のドレスを着た彼女は、まさにわがままお姫様って感じで、不覚にもドキッとしてしまった。
「というか、あたしより可愛いのなんか腹立つ」
「そんなことは絶対にないだろ」
ありもしない事実に嫉妬をするのやめて欲しい。誰も得をしないから
「お~い、2人とも~。バルコニーのところで写真撮ってもらえるって」
海が見えるバルコニーから佐倉が呼ぶ。気づけば、俺と双葉を除く5人は、スタッフらしき人と会話をしていた。へぇ、撮影サービスもあるのか――って、え?
嘘、だろ……。
「ほんと!? いま行く~。清忠も早く!!!」
双葉に強く手を引かれたが、俺の足は石のように動かなかった。
だって、あの人は――。
「……清忠どうしたの? 気分でも悪い?」
双葉は心配そうに俺を見上げる。
「いや……ごめん――」
「ちょっと清忠!?」
彼女の手を振りほどくと、俺は早足でその場を去った。
急げば急ぐほどに、ドレスの裾は俺の足に纏わりついて重くなる。うまく呼吸ができない。でも……逃げないと。
『沙耶、彼氏いるんだよね』
かつて俺が想いを寄せた人。それを拒んだ人。誰よりも……忘れたかった人。
『てかそもそも、海堂をそういう目で見れないっていうか』
それから時間が経ち、環境が変わり、新しい出会いもあった。それでも。
『……友だちだと思ってたから、ちょっと残念』
――俺はまだ、その呪いから逃れられてはいない。
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