真夜中の来訪者

丸子稔

第1話 想定外の出来事

 今から20年くらい前、当時住んでいたマンションに、深夜二人の警官が訪れました。その時の状況を詳しく説明していこうと思います。


 翌日が休日だったこともあり、その日私は夜遅くまでテレビを観ていました。

 午前0時を過ぎ、そろそろ寝ようかと思っていたところ、不意に玄関の呼び鈴が鳴ったのです。

 

(こんな時間に訪ねてくるなんて、一体誰だよ……)


 来訪者にまったく心当たりがなかった私は、恐怖心を抱きながら、「あのう、どなたでしょうか?」と、ドア越しに話し掛けました。


「警察です。話したいことがあるので、ドアを開けてもらえないでしょうか?」


(はあ? 警察が俺に何の話があるっていうんだ? しかも、こんな時間に……) 


 私は猜疑心から、「あなた、本当に警察の人ですか?」と訊ねました。


「本当です。こんな時間に訪れて、疑う気持ちは分かりますが、とりあえずドアを開けてもらえないでしょうか?」


 彼の言葉を百パーセント信じたわけではなかったのですが、このままでは埒が明かないと思って、私はドアチェーンをつけたまま、恐る恐るドアを開けました。


 するとそこには、それぞれ

警官の恰好をした年配の男性と二十代中盤くらいの男性が立っていて、彼らは私を安心させるためか、すぐに警察手帳を見せてきました。


 私は(俺、何も悪い事なんてしていないのにな)と思いながらドアチェーンを外し、彼らを中に招き入れました。


「こんな時間に大変申し訳ありません。実はこのマンションの住人の方から、この部屋のテレビの音がうるさいという苦情がありまして」


 「えっ! 俺、そんなに大きな音は出してないですよ」


「ちなみに、どのくらいの音量で聞いてますか?」


「15くらいです」


「確かに、そのくらいだと、うるさいという程ではないですね。でも、実際こういう苦情が入っているので、もう少しだけ音量を下げてもらえませんか?」


「……分かりました」


 私は納得したわけではなかったのですが、これ以上、話が長引くのが嫌だったので、とりあえずそう言いました。


 ちなみに、話をしたのは年配の方で、その間、若い方はずっと私の言うことをメモしていました。


 やがて二人が帰ると、私はホッとするのと同時に、沸々と怒りがこみ上げてきました。


(あのばばあ、こんな卑劣な真似しやがって。後で文句言ってやる)


 当時、私の左隣の部屋には、50歳くらいのおばさんが住んでいて、ほとんど話したことはなかったのですが、なんとなくいけ好かない感じはしていました。


 

 翌日、私はおばさんの部屋を訪れました。

 呼び鈴を鳴らし、名前を告げると、おばさんはまるで私が来るのが分かっていたかのように、すぐにドアを開けました。


「何の用?」


 おばさんは私の顔を見りなり、ぶっきらぼうに言いました。


「昨日の深夜、テレビの音がうるさいって、警察に電話したでしょ? 文句があるなら、そんな卑怯なことしないで、直接俺に言ってくださいよ」 


「はあ? 何のこと? 私はそんな電話なんて、してないわよ」


「とぼけても無駄ですよ。俺の右隣は空き室だし、15程度の音量が上下の部屋に響くとも思えない。つまり、電話をしたのは、あなたしか考えられないんですよ」


 おばさんが警察に電話した張本人であることを筋道立てて説明すると、彼女はまったくわるびれる様子もなく、「そこまで言うなら、私が電話をしたという証拠を見せてみなさいよ」と、堂々と言い放ちました。


「証拠はありませんが、大体、証拠とか言い出す時点で、犯人丸出しですよね?」


「誰が犯人よ! あんた、これ以上私を侮辱すると、警察に訴えるわよ!」


「ほう。また得意の警察攻撃ですか。訴えるのは勝手ですが、もうあなたの言うことに、警察もいちいち取り合わないと思いますよ」


 私はそう言って、自分の部屋に戻りました。


 それから二週間くらい経ったある日、マンションの廊下で、おばさんとバッタリ出くわした私は、顔を合わせるのが嫌だったので、ソッポを向いたまま、やり過ごそうとしました。

 そして、おばさんとすれ違った時、彼女は不意に立ち止まり、私にこう言いました。


「最近、あんたの部屋からテレビの音は聞こえなくなったけど、その代わり、時々女の声で『助けて』と聞こえてくるんだよね」


  了





 


 


 





 


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真夜中の来訪者 丸子稔 @kyuukomu

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