夏祭り 三
開始まで余裕もなかったので、バッテリーを買う間もなく臨時バスに乗り込んだ。
カップルはもちろん、小学生や家族連れが乗った車内はぎゅうぎゅう詰めだ。
音無くんが柱との間にスペースを作ってくれたけど、くっつくか、くっつかないかの距離。渋滞した道路をのろのろと進むので、ぶつかることはそうないけど、下駄だと力を入れづらい。カーブする時にほんの一ミリでも近づけば息が聞こえそうだ。
窓ガラスに映る困り顔を横目で見ていると街はどんどん夜になっていく。早く着いてほしいような、ほしくないような。
混んだ車内で話すのは気が引けるけど、バスを降りて離ればなれになったら大変だ。大きく揺れませんように、と願いながら口を開く。
音無くん、と声をかければ、ん、と応えてくれる。
「はぐれた時の待ち合わせ場所、決めておかない?」
「目印とかあったっけ」
「ちょうどいいのは橋だけど、侵入禁止だもんね……」
「バス停とか?」
「そっか。じゃあ、もしはぐれたら、このバスが止まった所に集合ね」
名案だと顔を輝かせたのに、音無くんはゆっくりと瞬きをした。
何かを考えているのか、不思議そうな顔で首を傾げ、つられてしまう。
バスがスピードを落として、止まった。
ゆれた車内でぶつからないよう、音無くんの鳩尾あたりまであげとった手を握られる。息を忘れて顔を上げるわたしに、目の前の彼はいたずらっぽく微笑んだ。
「手ぇつないだら、はぐれんやろ?」
言われた通りなんやろうけど、全く頭がついていかん。手を引かれながらバスを降りて、道路を進む。
車両止めをされた道路には、びっくりするほどの人の波。その隙間を難なく渡る音無くんの歩調はわたしにぴったりだ。
「お、音無くん、手、汗すごいし」
「気にせんよ。何しても暑いし」
たぶん俺もすごいと少し振り向いた顔は暗くて見えづらかったけど、機嫌はよさそうだ。
確かに、じっとしてても汗ばむような暑さだし、人の熱気はむせかえりそうだ。この中で、汗をかいとらん人なんて、きっといない。
いや、でも、それとこれは別問題だと思うんやけど。
すいすいと抜けていく背を追いかけながら、手の熱さに戸惑ってしまう。でも、離したらきっと、本当にはぐれてしまいそう。
「買いたいものないん?」
音無くんが顔を向けた先を見れば、河川敷にはどこまでも長く屋台が並んどった。幾つかの屋台には順番待ちの列もできとる。
定番から首をかしげたくなる屋台の垂れ幕を目で追って、わたしより背の高い音無くんは目的のものを見つけたらしい。
「夏海、りんご飴、食べたいって言ってなかった?」
「……たべたい、です」
「行こ」
「音無くんは食べたいものないの」
「イカ焼き食べたい」
「あっちあるよ」
「りんご飴の後でいいよ」
「屋台で違うし、選びたいから、できたら、最後がいいな」
「違うん?」
「いちごとか、ぶどうとマスカットのミックスがあったりするんよ」
「迷うヤツ」
「そう、それ」
じゃ、先に買わせてもらお、と代金を払って屋台のおじさんからイカ焼きを受け取った。
「音無くん、見てみて! あっち、タコ焼きあるよ」
「イカ食べて、タコも食べるん?」
「あれ、魚介類、好きじゃなかったっけ?」
「好き」
「あ、エビ焼きとかある」
「……聞こえんかった?」
「あれ、何か言った?」
「気にせんで。ほら、手ぇ繋がんと離れる」
イカ焼きを買う時に離した手を握り直して、並んで歩く。屋台の商品に気を取られて危ないわたしを音無くんがひっぱってくれる。
「ごめんね、はしゃいじゃって」
「いいよ、楽しいから」
そうなん、うん、と話をするだけで楽しい。はしゃいでるのもあるけど、かなり浮かれてる。
音無くんはイカ焼きとタコ焼き屋で売っていたエビチーズ焼き、海鮮焼きそばを買って、わたしは、焼きとうもろこしとはしまきと、暁良のお土産に光るうちわを買った。
最後にりんご飴を買うことになって、列に並ぶ。後、十五分ぐらいで花火が上がるからギリギリになっちゃったな。
後ろに電話をする人が並び、音無くんの携帯のことを思い出す。
「そういえば、携帯って、充電し忘れたの?」
「少なかったのもあるけど、
そう語る音無くんからは、元々ない精気が欠片もない。
たぶん、どっちも猛攻撃だったんだな。つい笑ってしまいながら、ふと思い付いた。
「もしかして、サヤちゃんが浴衣、着て行きなよって言った?」
「そ」
「……サヤちゃんにお土産、て迷惑かな?」
音無くんを見上げると、表情の読み取りづらい顔で見返される。
「浴衣デートってあこがれるもんなん?」
「そりゃあ、まぁ……か、かっこいい、し」
ものすごく小さな声だったのに、聞こえたみたい。ふむ、と頷いた音無くんはサヤちゃん用にぶどう飴を買ってあげとった。
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