夏祭り 二
地元の夏祭りはお盆の三日間、行われる。締めくくりの花火大会は終戦記念日――八月十五日。
仏花のピークを生き残ったわたし達家族は、息つく暇もない。父さんは町内会の
「いいん? 母さんのお古で」
「うん、気に入っとるけ。帯も買ってもらったし、全然、昔っぽくないよ」
「兵児帯で印象が変わるものねぇ」
感心したように言う母さんが鏡に映る姿を頭の上から足の先まで見る。白の生地いっぱいに青い朝顔、ぽつりぽつりと咲く黄色の朝顔のコントラストが夏っぽくて気に入っとる。黄色の兵児帯の先は縮れていて、ひまわりの花弁のよう。頭につけてもらったバレッタに並ぶのは小さなひまわり。
音無くんの誕生日に、フライングで音無くんからもらったものだ。一緒に互いのプレゼントを開けて、去年行った、ひまわり畑みたいだと夢中になっているわたしの耳元で彼がささやく。
花火大会でつけてきて、と。
思い出すだけでも心臓が止まってしまいそう。
「遅くなりすぎないようにね」
詳しくは聞いてこんけど、しっかりと釘を刺してくる所が母さんらしい。
浴衣とお揃いの鞄の中身を確認しているフリをして、曖昧な返事をした。
むむっとした母さんが言葉を重ねる。
「はぐれた時の待ち合わせ、決めておくんよ」
「子供扱いせんでよ」
「だって、父さんと母さんの時、はぐれて大変だったのよ。携帯なんてないし、ポケベルも持ってなかったし」
「……何年前の話?」
「……三十年ぐらい前、かな?」
疑問系になるぐらいは、あやふやな記憶らしい。はぐれたら大変だけど、携帯電話が当たり前の時代、問題ないと思うんやけど。
なんとなく不安になって充電を確かめていると、裾を引っ張られた。
最近、歩き始めた
「どしたん、暁良」
膝を折って目線を合わせれば、きょとんとした顔が満面の笑みになる。今日もわたしの弟はめちゃくちゃかわいい。
まだ黄色の朝顔が気になるみたいで、こんどは袖に咲いた花に顔を寄せとる。食べたいんかな。
目玉焼きにでも見えるんかねぇ、と母さんも笑った。
「暁良にお土産、買って帰るけぇ、いい子にしとってよぉ」
頭を撫でてやって、夕闇に染まり始めた街に出た。
❊。* 𖡼܀❊ * ❊。* 𖡼܀❊ *
音無くんとの定番の待ち合わせ場所は、わたしの家から一番近いコンビニになりつつあった。
駅から歩ける距離だということもあって、道行く人もちらほらと浴衣を着とる。いつもなら、あたりの暑さに皆、嫌気のさした顔をしているのに楽しみがにじみ出とるみたい。
わたしも、からんころんと小気味いい音を響かせて歩くだけで、楽しくなってきた。気付いたら、待ち合わせ場所についとって、音無くんがよく寄りかかっとる低い石垣に目を向ける。見覚えがある力の抜けた
体の半分、コンビニの明るい光に照らされる音無くんは青みがかった灰色の浴衣姿だ。
あちらも気がついたようで、遠くでも目が合う。
お待たせ、と駆け寄ると、音無くんが腰を浮かせた。上からまっすぐに落ちてくる視線がはずかしくてたまらん。
「音無くんも浴衣とは思わんかった」
勇気を出して顔を上げた。笑ったつもりだけど、かたい気がする。
いつもはクールな表情ばかりを見せる音無くんの口元がほころんどった。見違えかな、と思うようなものではなく、瞬きしてもちゃんと口端が上がっとる。
きれいな指がのびてきて、わたしの髪に触れる前に止まった。
「やっぱり似合っとる」
言葉と一緒に指差した先は、ひまわりのバレッタ。
どうして、こんなにストレートなんだろう。
彼の顔を見ることができなくてなってしまって、視線を斜め下に落とした。ありがとう、と呻くだけでいっぱいいっぱい。
どういたしまして、と余裕の笑みを浮かべられたような気がする。
「音無くんの、浴衣も、かっこいいと、思い、ます」
せめてもの反撃だったのに、彼は小さく息を吹く。
「なんで敬語なん」
「……はずかしい、し」
「そっか」
見えない表情の奥で、納得したのか納得していないのか、音無くんが軽く頷く。
年下とかならともかく、同級生をほめるのって妙にはずかしくないかな。わたしだけ?
音無くんが、あ、と声を上げる。ごめんと謝ってくるけど、もともと言葉少ない彼と意思疏通ができんくて、瞬き三回分、無言で見つめ合う。
もしかして、急用でも入っちゃった、とか。
「携帯の充電、もうない」
感情の読み取りにくい真剣な顔で言われて、体の力が抜けてしまった。
音無くんて、そういうところあるよね。
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