音無くんとの花日和
かこ
夏海さんの場合
夏祭り 一
入道雲が過ぎていく昼下がり、眠りこけそうになるまどろむ時間。瞼を閉じかける彼につられることなく、むしろ考えすぎて目眩を感じたわたしは一大決心を実行することにした。
「お……
いつだって表情とぼしい音無くんがぱちりと瞬いて顔を上げる。さらりと落ちてきた前髪だって、他人の心臓をさわがしくしてるなんて知らんと思う。
うるさい胸の下を見えないように掴んで、口を開く。
「誕生日プレゼント、て……ほしいもの、ある?」
震えんでよ、わたしの唇。本当に言いたいのはこれじゃないのに。携帯で聞けばよかったんかな。
音無くんは髪の毛一本分だけ目を見開いて、常に真顔な顔をさらに真剣にする。ゆっくりと指を折っとるから、もしかしたら自分の誕生日を忘れとったんかも。
五本分の指をグーにした音無くんが思案する素振りを見せる。
「特にはないけど」
ぽつりとこぼれた言葉は止まってしまった。
まっすぐに見つめられて、目をそらすのもダメな気がして、冷静になりつつあった体の音がまた巡り始める。
顔が熱い。図書館のクーラーってもうちょっと強くならないかな。
「
音無くんの中で、話がそっちに転んじゃったらしい。
一番言いたかったことではないけど、訊きたかったことではあるので、ちょっとさみしい。まだ、誕生日プレゼント、悩んでるのに。
「終戦記念日」
すねた口で言ってしまった。
八月十五日、と確認されたけぇ、ひとつ頷く。
「楽しみやん」
「……音無くんの誕生日の方が先だからね」
口早なツッコミに、目の前の彼が首を傾げてとぼけた。
途切れた会話を埋めるように図書館独特の静寂が過ぎる。遠いクーラーの音と、こもった空気にのった古書の匂い。本棚の奥で、子供の声が控えめに上がっとる。
わたし達の周りは、テキストやノートを広げた人ばかりだ。同じく問題集とにらめっこしていた受験生として、浮かれすぎもいけん気がした。
勝手に気まずくなって視線を外したら、特設コーナーが目に入る。
テーマは『花火』。花火の歴史から、手持ち花火の図鑑、各地の花火大会の案内、浴衣の着こなし方の本まで並んどる。来るときに、じっくりと見てしまったコーナーだ。
そうだ、帰り道に聞いてみようと思ったんだっけ。図書館でおしゃべりするのもいけんし、とシャーペンを握り直して問題に立ち向かう方へ気持ちを切り替えた。
正面から手がのびて、ちょうど読んどった箇所にぺたりと付箋が貼られる。
――夏祭り、行く?
ぺたり、ときれいな字が綴られた付箋が並ぶ。
――お祝いに
全く表情筋は動いとらんのに、わたしを見つめてくる目は尻尾を振る犬のよう。あまりにも期待に満ちとる瞳は、ちょっと恐いくらい。
人混み大丈夫なの、とか。音無くんの誕生日はどうするの、とか。お盆だよ忙しくないの、とか。
ぐるぐるぐるぐるしたけれど、こくんと頷いて答える。
ノートに視線を落とした音無くんの雰囲気が楽しげなものに変わった。影でよく見えんけど、口角が上がっている気がする。
気合い入れて、勉強しなきゃなのに、落ち着いてできるようになるのは今日はもう無理かもしれん。
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