おまけ

 頭上から降り注ぐ強い夏の日差し。歩いている灰色のコンクリートを真っ白に輝いて見せるほどに、太陽の光は全てのものを眩しく照らしていた。


 防波堤の影が地面のコンクリートに、定規を当てたようにくっきりとした境目を作る。白く輝くコンクリートと闇のように深く黒い防波堤の影。

 決して混ざらない2つの色を何とか混ぜる方法がないかと考えながら、私はその境目の上を歩く。私の靴が影の中で陽の光に白く染まり、靴の影が光の中に闇を落とした。


 やった!

 これは混ざったって言ってもいいよね。


 子どもみたいなことしてるな、私。

 自分がしている仕様もないことに気がつき、苦笑いをしながら頭を上げて視線を右に向ける。

 気持ちいい海風が私の顔を撫でていく。防波堤を挟んですぐ真横に海が広がっていた。


 ここの海は透明度が高い。さすがに沖縄の旅行パンフレットにあるようなこの世の楽園みたいな景色ではないけれど、少なくとも私にとっては楽園と言っていい、美しい海だ。防波堤に登って海を見下ろす。小さな魚が小さな群れを作って泳ぎ回る姿が海面から透けて見えた。白い砂の上に魚たちの影が目まぐるしく動いている。


 暑い。汗が止まらない。

 でも、私は夏が好きだ。

 夏が作る、全ての境目を際立たせる強いコントラストが、私は好きだ。


「おーい、ナオー!」


 振り返ると真一が手を振りながらこちらに向かって歩いてきた。いや、小走りと言っていい。そんなに急がなくてもいいのに、汗かくよ? 私はのんびり歩いているでしょ。心の中でつぶやく。


「武雄は? 見つかった?」

 汗をハンカチで拭いながら真一が聞いてくる。

 ほら、言わんこっちゃない。——言ってないけど。

 心の中でいたずらっぽい笑いが込み上げる。顔に出さないように我慢したけれど、真一は不思議そうな顔をして私の顔を見た。


 「まだ。でも多分この先にいると思う。防波堤の端の方が大物が釣れるんだって息巻いてたから」


 私と真一は今年の夏祭りの話題を交わしながら防波堤の端を目指して歩いた。真一の折目正しいハンカチは汗でよれてしまっている。私は汗を海風に任せるままにしていた。


 5分ほど歩くと、防波堤の末端に折りたたみのレジャーチェアに前屈みに座っている2人が見えた。

 釣竿が大きく跳ね上げられ、何か大騒ぎしているのが見えた。喜びを全身で表し飛び跳ねる麦わら帽子の少女。大物が釣れたのかな。


 これ以上ない空の青さと、湧き上がる白い大きな入道雲。その下に広がるキラキラ光る水色の海。その景色を背景に防波堤の上ではしゃぐ大きな影と小さな影。

 私にはそれが一枚の美しい絵のように見えた。ときおり偶然にこういう景色が見られるから、夏ってやっぱり素敵なんだ。


「武雄ー! 釣れたのかー!」

 私の隣で真一が呼びかける。


 その声に気づいた武雄がこちらを見て右腕を高く掲げた。握り拳を作っている。やはり大物が釣れたらしい。

 先ほどまではしゃいでいた少女は私の姿に気づくとそそくさとレジャーシートに座り、不貞腐れた顔で海に目を向けた。


 私はこの少女が大好きだった。思ったことが顔や態度にすぐ出るが、正直なまま生まれ育ってきた穢れのない特別な生き物。何よりもすごくかわいい。少し吊った目が、たまに見せる大人びた態度を嫌味なくとても魅力的なものにしていた。将来、絶対美人になる。10歳の今でもこんなに美しいのだ。


 まあ、私はこの子に嫌われてるんだけれど。


 少女の麦わら帽子が突然の強い海風で飛ばされ、私の足元に転がってきた。

 帽子を拾い上げ、2人の元にたどり着いた時に手渡す。「はい、どうぞ」


 私の顔も見ないで帽子を受け取り、少女は無言で帽子を被り直す。麦わら帽子からはみ出したぱっつりと揃えられた前髪が眉毛の辺りで横一文字になっている。お人形さんみたい。膨れっ面だけど。そんな顔も私にはかわいくてたまらなかった。


「真奈、ちゃんとナオにお礼をいいな」

 武雄が少女に声をかけた。少し強めの口調。


 ふふ。お兄さんみたい。

 私は心の中で笑う。


 風でかき消されそうな声で真奈は「ありがと」と言うと、私のことは捨て置き、釣れた魚を嬉しそうに眺め、どう料理するのかを武雄にはしゃぎながら質問した。


直前の不機嫌はどこに行ったのよ。

私と真一、武雄は3人で目配せして苦笑した。


「今晩はこいつを真一がさばいて、お刺身パーティーだぞー!」

「そんな大役、僕がこなせると思うな!」

 真一が前のめりで武雄に喰ってかかる。


 2人のやりとりを見ていた真奈はキラキラした目ではしゃぐ。

「わたし、この子全部食べるから足りないよ!武雄にいちゃん、もっといっぱい釣って!真一くんは今すぐこの子をお刺身にして!」

 口を長く横に目一杯に引き伸ばしながら、無邪気に笑っている。


 私たちは真奈のそのおどけた言い方に大笑いした。

 また強い風が吹き、私たちの笑い声を遠く遠くに運んで行った。


 ああ、私は夏が好きだ。

 みんなといるこの夏が、とても好き。



(おしまい)

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耳の虫 空野わん @onewanone

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