クラスの絶対的存在のキクチ君はクラスの美少女の事が好き。それはクラス中の皆が知っているけどお相手の美少女の視線は――

武 頼庵(藤谷 K介)

クラス中の皆が知っているけどお相手の美少女の視線は――

 

 どの学校にも人気者と言われる人物が存在する。勉強が得意で成績がとても優秀な人だったり、運動することが好きで、しかも運動神経が良くスポーツが万能で部活で活躍する人だったり、そして圧倒的な美貌を持っている女の子だってその人気者と呼ばれる存在に成るだろう。


 俺こと、菊池惟きくちのぶはそんなクラスメイトが3人もいるクラスに、普通の人として存在している、取り柄の無い高校生男子だ。


 俺が通っている学校は、実の所文学系の部活動などが有名で、人気ラノベ作家や若くしてショートムービーで話題になっている映画監督、そして今はもっぱら学内で人気者の一人になっているのが高校生漫画家として、某有名出版社の新人としてデビューした男子がいる。

 運動部もそれなりには名が通っているけど、そのほとんどが県内完結クラスで、全国大会になど出る事を『夢』としてはいるが、それが無理な事で無謀な事だという事は運動部に所属している人達は知っている。


「それじゃぁ……この問題を、そうだなキクチ」

「はい!!」

 名を呼ばれ元気に手を上げて席を立った。


 しかしそれはじゃない。


 前述してきた人気者と呼ばれる者達の一人で、我がクラスの人気者の一人である菊地亜紀斗きくちあきとが、ガタガタという音を立てて椅子を戻し、黒板の方へと歩いていく。

 前に進むにしたがってクラスの女子達から「きゃぁ」とか「私を見たよ!!」

など、小さな声だが黄色い歓声があがる。


 そして指名されて問題をスラスラと解き終わり、こちらへと向き直る時に見せたニコッと擬音が付くほどの笑顔がまた、あざといのだがそれを眼にした女子達がまた歓声を御上げた。


 そう、この俺がいるクラスで『キクチ』と名指しを受けるのは、いつだって俺じゃなく、俺の目の前の席順の『菊地亜紀斗』なのだ。


 それも仕方ないのかもしれない。亜紀斗は高校入学時には既に人気者だったのだから。彼は某雑誌の子役モデル出身で、最近になって某アイドル事務所からデビューしたばかりの、本物のアイドルなのだ。

 

 父親がハーフの日本人で、母親は純日本人ではあるが、父方のDNAを受け継いだのか、髪色が地毛で金に近い栗色をしていて、眼が薄い茶色、そして堀の深い顔立ちをしているのだから、そりゃ女子達が色めき立つのは仕方がないと思う。


 クラスの男子達も、亜紀斗の人気にあやかりたいと一緒につるんでいる奴もいるし、何をするにしても亜紀斗に気を使っている事が多い。


――でも、俺は嫌いだ。

 因みに俺の事を呼ぶときは、先生も生徒も皆が『きくのぶ』とか名前だけの『惟』と呼ばれている。



「見たか? 惟」

「ん?」

 亜紀斗は席に戻ってきて椅子に座ると、俺の方へと半身になって声を掛けてきた。


「白石さんが俺の事見てるぜ」

 そう言われてその人がいる方へと視線を向ける。俺と亜紀斗の視線の先で、バチッ!! と音がするかのような錯覚をする程、とその白石さんという女子生徒と視線が交わった。

瞬間にふぃっと視線を逸らす白石さん。


「クックック……。見ただろ惟。今、白石さんは俺の事を見てたぜ」

「……そうだな」

「わかってるじゃねぇか……。さすがに見の程はわきまえてるみたいだな。お前になんて白石さんは興味ねぇよ」

「…………」

 俺は亜紀斗の言葉に返事をしない。

 すると俺に興味を失ったのか、いいたい事を言ったから満足したのかは分からないが、亜紀斗は半身だった体を戻し、今度は隣の席の女子生徒と話を始めた。


――いい性格してるよほんと……。

 俺は一人、下を向いてため息をついた。






くん」

「なに?」

 休憩時間になって声を掛けてくる人物がいる。しかしそれに答えたのは亜紀斗で、既に声の方へと身体を向ける。

 そっとその様子をうかがう為に視線だけ声のした方へと向けると、俺の席の隣に白石さんの姿が有った。


「……」

「白石さん何か用かな?」

 亜紀斗は少しばかり声が高くなっているが、に愛想のいい顔を白石さんに向けている。


「……いえ、あなたではなく菊池くん、菊池惟君に用があるの」

「え? なになに? 何の用? 惟なんかじゃなくて僕がその用事を変わるよ」

「……あなたが?」

「うん任せてくれ!!」

「出来るのかしら? あなたに……」

「え?」

「文学部で応募する作品の事なのだけど、あなたに小説なんて書ける?」

「そ、それは……」

 白石さんに言われて何故か俺の事を睨む亜紀斗。


「無理でしょ? 菊池君どうかしら? その話を部活でしたいのだけど……」

「うんわかったよ。その事なら俺も話しをしたいなと思ってたんだ」

「じゃぁ放課後部室で」

「おう」

 白石さんはこくりと頷いて自分の席へと戻っていく。俺と亜紀斗はその後ろ姿を見ていた。


「おい……」

「なんだ?」

「調子に乗るなよ陰キャの癖に……」

「はいはい。わきまえてるよ。キクチくん」

「ちっ」

 最後に舌打ちをして態勢を前向きに戻す亜紀斗。その後、放課後まで亜紀斗は機嫌が戻らず、俺に地味な嫌がらせをしてきたのだが、俺はそれを何も言わずに受け流した。





「あら? ちょっと遅かっね」

「あぁ、今日掃除当番だったからな」

 放課後になって部室へと向かい、部室のドアを開けるとすぐ側の椅子へと腰を下ろし、俺の方へと視線を向けている白石さんが目に入った。


「え? 今日は菊池君掃除当番じゃないでしょ?」

「ん? あぁ……ちょっとな……」

「まさか……」

 そこまでの会話で何かを察した白石さんが、誰もいない虚空へと視線を向けると、眉間にしわを寄せつつ頬がぷくっと膨らんでいく。


「まぁいいさ。それよりも公募する作品の事だろ?」

「……うん。相談したいことが有るのだけどいい?」

「どんな事?」

「ちょっと待って……ここなんだけど……」

「どれどれ……」

 俺はガタっと椅子をずらし、白石さんの正面に腰を下ろした。


――まつ毛なっが……。それに机に乗る装甲が……。

 正面から少しだけ身体を乗り出しつつ、俺の方へとノートのようなものを差し出している白石さんの姿にドキドキしてしまう。


「ちょっと聞いてるの?」

「え? あ、いやえっと……ちゃんと聞いてるよ」

「ほんとうにぃ~?」

「う、うんだから……近寄って……ちかいちかい!!」

「……まぁいいけどさぁ。ちゃんと聞いてよね」

「う、うん」

 ぷくっと頬を膨らます白石さんを見て、俺は分不相応にも可愛いななんて思ってしまった。白石さんが気が付いているかは分からないけど、こうして部室で話をする時はだいたい今みたいに気安い感じで接してくれる。

 教室にいる時の白石さんは、どこかスンとしていて女子達にはそんな事はないのだけど、男子に対しては塩対応というか、それ以上にとてもそっけないから個人的には『にがり対応』じゃないかと思っている。



 目の前で一生懸命にノートに向かってペンを走らせている白石さんを見つつ、俺はこんな状況になる前の事を考えていた。


 白石さんとの出会いは、この学校へと入学し入学式の有った次の日だった。

 新入生に凄く綺麗な娘が入ってきたとすぐに学年中に噂が広がると、当然俺にもその噂が届いた。

 噂によると、腰まで伸びたサラサラな黒く長い髪で、小柄なのにメリハリボディを持ち、更にアイドルかという程に整った色白小顔をしているという。


――そんな子がいるはずねぇだろ……。

 入学当初の俺は、学校にいる人気者達の事には興味がなく、更に言うと中学生の時はそれまで女子とはあまり接点が無かったからか、それともの学校にいたからか、それほど他人ひとの外見的な事になんて期待も興味も無かった。

 

 残念ながら、入学式が終えて自分のクラスへと赴いても、その噂の娘が一緒でもなかったし、自分には関わる事のない人なのだと思った――のだが。


 入学して2日目に部活の紹介が上級生から有り、その後、放課後になって本格的な部活の勧誘や、体験入部が始まってすぐ、俺はお目当ての文学部へと足を向ける。


 もちろん仮入部ではなく、本格的に所属する為の入部手続きの為なのだけど、俺が部室へとたどり着くその少し前に、俺より先に部室へと入っていく生徒の姿を見かけた。


 そして俺もその後に部室へと入っていくのだけど、部員と思われる先輩方を前にして入部書類へとペンを走らせている一人の女子生徒がいた。その生徒の隣に促されるまま腰を下ろし、渡された書類に俺もペンを走らせる。


 少しして書類の項目を書き終え、ふぅ~っと息を吐きながら上体を起すと、隣りから視線を感じスッと何気なしにその視線を追うように顔を向ける。


 そこに居たのが、黒髪の前髪を手で払いのけつつ、俺の方をじっと見つめる女子生徒で、俺が顔を向けると、ニコッと微笑みをくれた。


 その日から部活へと参加することになった俺だが、その女子生徒もまたその日から部活へと参加するというので、部室にいる生徒全員で自己紹介が始まる。


白石慶都しらいしけいとです。よろしくお願いします」

「おぉ!!」

「君があの……」

「やったぁ!!」

 白石さんが名乗った後に男女関わらず先輩たちから歓声が起こる。

 部室の様子に、一人頬を少しだけ朱に染め困った顔をしていた白石さん。

 その後に、何故そこまで先輩たちが声を上げて喜んでいたのかを当の先輩方から聞いたのだけど、白石が某出版社主催のコンテストで奨励賞を貰った実績があり、それが雑誌に載ったことが有るのだと。そして入学式以後に噂となった女生徒とは、白石さんの事だと教えて頂いた。


 とはいえ、俺にはそんな事はどうでもよくて、共に書き手として一緒に頑張っていける仲間が出来て嬉しいという気持の方が大きかったのだから、この時先輩方との温度差があった事は仕方がない事だと思うんだ。


 それから1年が過ぎ、2年生へと進級すると、偶然か怪しいところだが――なにせクラス担任が部活顧問なのだから――クラスメイトになった。

 

 そして今に至るという事になる。



「ねぇ聞いてる?」

「え? あ、ごめんちょっと聞いてなかった……」

「もう!! ぶちょーさんも心配してたよ? 菊池君の作品が進んでないみたいだって」

「そうなの? いや……ちゃんと書いてるんだけどね」

「えぇ~……そんな事言うけど、一度も部室で書いてるところ見せた事無くない?」

「うぅ~ん、俺はその……誰かに側で見られてるかもとか思っちゃうとかけないからさ、ウチではしっかり書いてるよ」

「ほんとうにぃ~? 今度ちゃんと読ませてよね」

「いつか……な」

 ジッと俺を見つめる白石さん。


――まさか……なぁ。

 白石さんの視線を受けて、俺の背中に冷汗が一筋流れ落ちた。





「菊池君、今日の部活の事なんだけど――」

「おう白石さんちょうどいいところに来たね」

「え? 何かしら?」

 とある日の昼休みが終盤に近付き、皆が午後の授業の為に少しずつ教室に戻ってきている中で、スンとした白石さんが俺に声を掛けて来たのだが、その言葉に被せるようにして周囲の人達と話をして盛り上がっていた亜紀斗が、白石さんの方へと向き直り、椅子からわざとらしく立ち上がると、スッと右手を差し出した。


「ひゅー!!」

「マジでやるのかよ!!」

「キャー!! もしかして!!」

 などと、それまで亜紀斗と一緒にはしゃいでいたクラスの男女数名が盛り上がる。


 そして――。


「白石さん!! ずっとあなたの事が好きでした!! お、いや、僕と付き合ってください!!」


「やりやがった!!」

「きゃー!! 言ったよ!!」

「おいおいマジかよ……」

 盛り上がるクラス内。しかし盛り上がっているのは亜紀斗とその周囲で話をしていた数人だけで、他のクラスメイト達は男子はがっくりと肩を落とし、女子はキラキラと期待をしている視線を向ける人と、白石さんに少しばかり鋭い視線を向ける人とに分かれている。



「……なに? 冗談にしては度が過ぎていると思うのだけど……」

 白石さんは差し出された亜紀斗の手に鋭い視線を向ける。


「いやいや冗談とかでこんなことするわけ、いうわけないだろ!! 僕は真剣に君の事が好きだと言ってるんだから!!」

「…………」

「あ、そうか!! 照れてるんだね? ごめんねこんなみんなの前で突然告白みたいなことしちゃって。でもほらみんな期待してるみたいだからさ」

「……何を期待しているの?」

「それはもちろん。君と僕が付き合う事をだよ」

「はぁ?」

 亜紀斗の言葉を聞いてあきれたような声を上げる白石さん。


「今返事をするのが照れるなら、放課後でもいいんだけどね」

「……いいわよ」

「え? 本当に!? や――」

「誤解しないで欲しいんだけど」

 白石さんの返事に亜紀斗が拳を振り上げようとした時、白石さんから先ほどよりも少しだけ低い声が掛けられる。


「返事をするのは放課後まで待ってもらわなくても『いいわよ』っていう意味よ」

「え? でも似たような物だろ? 今オッケーの返事をしてくれるんだから」

「はぁ…………。お断りよ」

「……へ?」

 白石さんの言葉にキョトンとした顔をる亜紀斗。



「どうして私があなたと付き合うの?」

「え? いやだって君、俺のこと好きなんだろ?」

「はぁ? いつ私があなたの事を好きだなんて言ったの?」

「いつもキクチくんって僕の所に来るじゃないか。僕の事好きだから、惟の所に来るフリをしてまで僕のそばに来たいんだろ?」

「勘違いしているみたいだからしっかりハッキリ言うけど、私はあなたの事をキクチくんなんて呼んだことはないわよ?」

「いやいやいや、いつも僕の事を呼んでるじゃないか!!」

「このクラスにはキクチ君は二人いるのよ? そして他の人達はどうか分からないけど、私がキクチくんと呼んでいるのは、菊池惟君だけよ」

 白石さんが俺の方へとニコリとほほ笑む。


「「「「「あ……」」」」」

 そしてそんな白石さんの言葉を聞いて、俺と、俺の周囲で話を聞いていた人たちは白石さんが言っている事に思い当たる。


 そうなのだ。

 白石さんは亜紀斗と話をする時、いつもキクチくんとは言わず、『あなた』と名前も名字も口に出してない。


「あなたの裏の顔を知らないとでも思っていたの? 表ではいい顔をするあなたが本当はどんな人なのかなんて、菊池君と接しているあなたを見ればすぐにわかるわよ。そしてそんな人を好きになるわけないでしょ? 私は……わたしでいる事が出来る人しか好きにならないわ」

 そういうと俺の方を向いて頬を少しだけ朱に染める白石さん。


――え? ちょっと待て!! それって……まさか……。

 俺は俺といる時の白石さんを思い出していた。


「あ……そんな……。この俺が……」

「キャー!!」

「おいおい!! マジかよ!!」

 ガクリとその場に崩れ落ちる亜紀斗。そして今度は悲鳴にも似た声を上げる亜紀斗の取り巻き達。


 そんな人たちを一瞥すると、俺に「放課後にね」とひと言だけ言い残し、自分の席へと白石さんは戻って行った。


 

 亜紀斗はその後、放課後まで誰とも会話をする事も無く過ごし、放課後になると「仕事があるから」とだけ言い残し足早に学校から去って行った。





「ねぇ……」

「うん?」

 放課後、先輩たちが帰ってしまって二人きりになった部室で、俺の向かい側に座っていた白石さんから声を掛けられふと顔を上げる。



「わたしは誰が好きなんだと思う?」

「ぶふっ!!」

 両肘を机の上に載せ、両手を顎にのせながら、首を少しだけ傾げつつ種に頬を染めて俺の方を見ている白石さんの言葉に、俺が噴き出す。


「な、誰って……」

「わたしね、憧れている先生がいるんだ」

「へぇ……その先生が好きなのか?」

 白石さんが言う先生とは、学校の先生というわけじゃないのはすぐにわかる。この時の先生とは小説などの執筆者の事だ。


「そう!! そうなの!!」

「そうかぁ……その人と会った事あるのか?」

「もちろんあるわよ!! だって……」

「ん?」

「いま、私の前にいるじゃない……」

「え?」

「ね? この学校にいる人気なラノベ作家先生?」

「…………」

 

 白石さんは先ほどよりも更に顔を赤くして俺の方へと顔を近づけて来た。



 白石さんは俺の事を知っていた。いやこの学校に入って一緒に文学部で活動を始めた後に知ったそうだ。

 賞を取ったあと、出版社の方と打ち合わせなどをする機会があり、時々出版社へ足を運んでいたらしい。その時、自分が打ち合わせをする隣のブースで、俺が偶然打ち合わせをしていた。最初は声が似てるなと思った程度だったけど、打ち合わせを終えて帰る間際に、俺が部屋を出ていくところを目撃してしまった。


 担当の人に聞いたら、自分が以前から好きな作品を書いている先生だったと知って更に驚いたという。そこから俺の事が気になりだし、作品の相談という話をする名目もあって段々と仲良くなり、自分の素が出せるようになると、もう心が止められなかったらしい。


「先生……」

「やめてくれない? その呼び方するの……」

「え? じゃぁなんて?」

「惟でいいよ」

「本当? 本当にいいの?」

「いいよ。今からは俺も慶都って呼ぶからさ」

「うん!! えへへ……」


 白石さんが俺から顔を真っ赤にしつつ少しずつ離しながら、嬉しそうに微笑んでいる。


 人生で初の彼女が出来たその日、俺は彼女とファーストキスをした。





※あとがき※

御読み頂いた皆様に感謝を!!


 急拵えの構想もガバ設定ですけど、読んで頂いて御感想等頂けると嬉しいです。

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クラスの絶対的存在のキクチ君はクラスの美少女の事が好き。それはクラス中の皆が知っているけどお相手の美少女の視線は―― 武 頼庵(藤谷 K介) @bu-laian

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