第2話 弁明配信
「あ、あー、き、聞こえてる? どうも『きらぶい』4期生、魔界から馳せ参じた悪魔、露ショウです……ぅぷ」
【きた】
【え?配信する余裕あんの?】
【バケモンきた】
【こんつゆ】
【こんな時に配信するとかどんなメンタルしてんの】
【犯罪者乙】
【えいま吐いた?】
【説明しろ】
【ニュースになってるよ】
枠を立ち上げた瞬間、今まで見たことがないほどの速度でコメントが流れていく。
しかし、同接人数10万人という恐ろしい数値も、目に止まらないほどに頭が混乱している。
精神状態がおかしくなっていた俺は、普段のクールな声を作るのも忘れて画面に叫んだ。一年以上も俺の配信に付き合ってくれた、俺のリスナーならわかってくれると信じて。
「そう、その、炎上のことなんだ。お、お前ら聞いてくれ! これは、濡れ衣なんだ、俺じゃない、やったのは俺じゃない!! 横領なんてしてないし、暴言も吐いてない、本当なんだよ……!」
【嘘乙】
【もうええて】
【ださいよ】
【さっさと刑務所いけよ犯罪者】
【必死で草】
【らるりんの配信始まるからいくわもう来ない】
【とりあえずつゆつゆの話聞こうよ】
【犯罪者を庇うな】
【てかこいつがしたこと普通に考えてやばくね?】
だが、いつもの優しいコメントとは相反し、コメ欄の無情な言葉に息が止まった。
俺は絡まる舌を必死に動かし、震える唇で言葉を紡ぐ。
「俺じゃない、本当に俺じゃない。信じてくれ、横領を計画してたのは、あいつだ……らるりなんだ!」
一瞬止まるコメント。そして、それは雪崩のように俺を攻撃し始めた。
【は?】
【は?】
【は?】
【何言ってんのこいつ】
【信じられない】
【同期に罪被せるとか人の心あるん?】
【きも無理】
【死んで報いろ】
「はぁ…はぁ……っ、なんで誰も信じてくれないんだ……! 証拠だってあるんだよ……!! 俺はあいつのスマホの中身を見たんだ、そしたら運営との、横領を計画するやりとりが見えたんだ!」
【今らるりん配信で泣いてるよ】
【こんな胸糞悪いの久々】
【らるりんはそんなことする子じゃない】
【本当にキモい】
【きらぶいの名を汚すな足手纏い】
【早くこいつを追放しろ運営】
【証拠ならでてる】
「……は? 『証拠ならでてる』? ふ、ふざけるな、捏造に決まってる!!」
配信中にも関わらず、俺はスマホでニュースを開く。
するとトップページに、俺の立ち絵と『大手Vtuber企業「きらぶい」所属4期生露ショウ、企業の金を横領、また運営に暴言を吐くなど問題行動が発覚』と大きく載っていた。
「な……なんだ、これ……!?」
そのニュースを開いて真っ先に現れたのは、俺がらるりのスマホで見かけたメールそのままのスクリーンショットだった。ご丁寧に差出人の名は俺の名前に差し替えられている。
他にも、あられもしない領収書の写真が複数枚貼られていて、俺はただわなわなと体を震えさせた。これもらるりの差し金に違いない。
ここまでくると、運営の偽造への関与の可能性が高い。人気看板アイドルを潰すより、知名度もカリスマ性もほとんどない俺に罪をなすりつけることを選んだに違いない。
震える指でさらにスクロールすると、さらに暴言の証拠となる音声録画なるものが貼られていて、俺は嫌な予感がしながらも再生ボタンを押した。
『俺がどれだけ、頑張ったと思ってる……! ふざけんじゃねぇよ!』
途端、編集された形跡のない、確かに俺の声が流れてきた。
その声は怒り、殺意を孕んでおり、その部分のみを切り取れば誰だって嫌な気持ちになる声音と言葉だ。
「これは、いつの……あ、あの時の!?」
そこで、4期生オフコラボの際の、俺が耐えかねてらるりに言い返した言葉だと思い出す。信じられない、何もかもがもう信じられない。
「ら……らるりのやつ、事がバレる前に俺に罪をなすりつけやがったのか、どうやったらこんなことになるんだよ……!!」
この偽造には、とんでもない費用と技術がかけられているのがすぐ分かる。それだけ壮大で醜悪、悪質この上ないプロジェクトに、俺はまんまとはめられてしまったのだ。
【演技だるい】
【一回黙れ】
【自演流石にキモい…】
【らるり泣いてる】
【最低】
【病院行け】
【頭おかしいんじゃない?】
【ここまで来ると救いようがない】
「ちっきしょう……!!」
辛辣なコメントに、悔しさで涙がボロボロと流れてきた。鼻水を啜りながらも、俺を貶すコメントは容赦無く俺の心を壊していく。
しかし、俺がいくら叫んでも、証拠がない俺の主張なんて、『きらぶい』の足手纏いの俺の言葉なんて、もはや誰も耳を傾けてはくれない。
「ぅぐっ……ら、らるりが泣いてるだと……? ふざけるな、あいつ配信やってんのか……!?」
完全にいつもの配信のキャラ設定何時は吹っ飛び、俺は涙声で動揺したまま、スマホでらるりの生配信を視聴し始めた。
『ひぐっ……うぅっ……!! 酷い……酷いよお……』
「なんじゃこりゃあ……!!」
らるりの雑談配信。そこには、完全に被害者ぶるらるりと彼女を慰めるリスナーの地獄のような光景が広がっていた。
らるりはアバターを固まらせ、度々咽び泣く声が聞こえてくる。
『つゆゆん、酷いよぉ……! らるり、お金を盗むとか、そんな怖くて酷いこと、してない。マネちゃんにも、運営さんにだって、酷いこと、言ったことないよ? なのに……なのにぃっ……!!』
コメント欄には、【露ショウほんま嫌い】【らるりんは無罪。悪いのは露ショウ】【らるりん泣かせるとかあいつ本当に死罪でいい】【大丈夫だよらるりん、らるりんは悪くないから】などとらるりを擁護するコメントと俺をバッシングする声で溢れている。
『……うん、うん、彼氏くんのみんな、ありがと。彼氏くんたちがそう言ってくれるだけで、凄く救われたぁ……スパチャも、ありがとう』
その声に、コメント欄はますますスパチャと擁護コメントで溢れかえる。地獄。吐き気がする。
「うぇっぷ……ぐぅっ……ゴボッ……!!」
『でもね……みんな、聞いて。らるり、つゆゆんのこと、全然怒ってないよ。つゆゆんの今の発言だって、きっと気が動転しちゃってるんだ。他にもね、悪いことしちゃったのは確かにダメだけど、でも、つゆゆんだって、きっと魔が刺しちゃっただけだから』
「ぉるぇっ……ゲホッ、ぐぉっ……っ!!」
『だからみんな、つゆゆんのこと、責めないであげて。これが同期の私にできる、精一杯のことだけど……心を改めたつゆゆんと、いつか話ができる日があったらいいなって。つゆゆん……今まで、ありがとうね』
「は?」
その言葉に、俺は息をするのも忘れて固まった。
一瞬、鋭いツノを露わにした一角獣が、勝ち誇ったようにほくそ笑んだ気がして。そして、理解し難い言葉が聞こえた気がして。
第六感が騒ぐ。
俺はらるりの配信を閉じるなり、真っ青な顔のままゆるゆると、メールアプリのアイコンを押す。
そして、何件も届いている大量の運営からのメールの中で最も新しいものを、吐き気を抑えながらも開いた。
「…………解雇、通知」
露ショウは、同期に罪を全てなすりつけられ、『きらぶい』から永遠に姿を消すこととなった。
大手Vtuber事務所を濡れ衣により追放された俺、新事務所で相方が転生した元超人気Vだったんだが 未(ひつじ)ぺあ @hituji08
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