何事にも必要なことってのは基礎と決まっている

父に直談判した次の日、俺は叔父様に連れられて森を訪れていた。

そこは領地の端にある薄暗い、謂わば”魔の森”と呼ばれるところだ。

「湿っぽいところですね。」

「まぁ森だしな。それにこの森は魔物生息地帯がわんさかあるから、瘴気で空気の流れが悪くなってるんだ。」

「へぇ……。」

そんなこと、聞いた記憶の中になさそうだな。

叔父様は俺の反応で、訝し気にこちらに視線を向けた。

「この領地の知識はお前くらいの年齢だと当たり前に学んでるだろ。」

「ッ……そうですね……実際に見るのとでは。」

叔父様の視線がまた前を向いた。

あっぶねぇ!!

ユーロス、こいつまともに勉強もしてなかったのか?!

こないだの事といい、今日といい、なんてやつだ。

何かあった時のために、誰が使っても困らない体にしとけよ……。

「よぉし、そんじゃ始めるか。」


叔父様が足を止めたのは森の奥地の少し開けた場所だった。

「はい! 叔父様、よろしくお願いします。」

「ハハハ、堅苦しいのはよしてくれ! 俺が教えられるのはせいぜい魔力のコントロールくらいだ。」

せいぜいなんてとんでもない。

俺にとっては魔法ってもの自体が初めてなのだ。

……って、あれ?

「僕って魔力があるんですか?」

「何言ってる? 生きてる限り当たり前だろ。」

当たり前なんだ……。

「どうやらその反応を見るに、お前の魔力量は素質云々の時点で測定をやめているんだろうな。再度教会へ行くことにしよう。」

「えぇ……。」

行きたくないよ~。

あそこは体が覚えてんだよ、父さんに刃物を突き立てられたってのがまだ消えないっての。

「なぁに、今すぐってわけじゃない。そもそも魔力量の正式な測定には魔力のコントロールができるやつのほうが良いに決まってる。」

「そうなんですか?」

「あぁ。貴族の見栄ってやつで、洗礼の時に測ることがほとんどではあるがな。」

「コントロールが必要っていうのはどうしてですか?」

「簡単だよ。魔力のコントロールができるということは、限界を知っているってことだ。限界を知らないやつが魔法を使うと、体の魔力回路がねじ切れるからな。」

いや、こっわ!!

「なぁにビクビクしてんだ? 出来るようになれば心配することない。」

「そのできるようになるまでが怖いんですよ。」

「は〜、お前あいつらの前であんな啖呵切っといて、今更か?」

「あの人たちにはあそこまで言わないと無理でしたよね。」

「まぁな、ハハッ!」

笑ってんじゃねぇよ、他人事みたいに!

……他人事だけど!!


「とにかくだ、しばらくは基礎訓練として魔力のコントロールと体術をメインに進めていく予定だ。」

「了解です。」

「まぁ、始祖様のことだ。それはそれはすさまじいスピードで上達するだろうよ。」

「始祖? 俺が?」

「一人称漏れてるぞ。」

あ、やっべ……。

「ちなみに、逸話の中で始祖様も一人称が平民と同じだったらしい。」

急にぶっこんでくるじゃんこのおっさん、おっさんって言っちゃった。

「口に出てなくてよかった。」

「ん? 何のことだ?」

「いや、別に何も。」

「その感じ、さては失礼なことだな。」

ぐっ、鋭い。

俺は、軽くせき込んでから背筋を伸ばした。

「で、では叔父様、本日はよろしくお願いいたします。」

俺の言葉に、叔父様は得意げにはにかんだ。

「こちらこそ頼みましたよ、始祖様。」

「やめてください。」


叔父様は俺の背中に自身の手を添えた。

すると、叔父様の手の平からふわりと何かが入り込んでくる感覚がする。

「これは?」

「魔力のコントロールに使う脈を診てるんだ。」

「脈って、血が流れてるあの?」

「そうだ。どんな生き物にも、魔力が含まれている。その中でも人間や魔物は”体が魔力が骨と血に別れて固まって出来ている”。」

「……なるほど。」

俺の知ってる体の仕組みとは違うな……"魔力で血が固まってる"って何?ゼリーみたいなもん?

実際に、手の甲には青い血管が透けているってことはて……血は"流れている"んじゃないのか。

「何かおかしいところでもあったか?」

「え?い、いや、別に。」

叔父様は、俺の背中から手を離し俺の肩をつかむと、ぐるりと自身のほうに体を向かせた。

「おいおい、ユーロス。お前さんらしくないじゃないか。」

「え?」

「聞いた話だと、お前さんはもう少し傲慢だって聞いたが?なのに今のお前はえらくしとやかだ。」

「それは……さすがに反省したといいますか、もう子供なままじゃいられないなと。」

「フッ、ならなおさらその態度はいただけない。」

俺が首をかしげると、叔父様は俺の前に腰を落とした。

「いいか?大人になることは、言いたいことが言えなくなることなんかじゃないぞ?むしろ逆だ。言いたいことを言いまくることだ。」

「その結果、家から追い出されてもですか?」

「お?喧嘩か?買うぞ。」

「違ッ、俺は昨日まで秒読みだったんですよ。」

すると、叔父様はけらけらと笑いながら俺の頭を撫でた。

「そりゃ、全部が思い通りになると思ったからだろ。」

「え?」

「大人はな、大概の事は思い通りに行ってなんかいねぇよ。でも思い通りにいかないからってその態度じゃ、お前さんはまだまだ黙るって器じゃあない。」

おっさん、もっとわかんなくなったんだが?

「そう不貞腐れるな。要は、俺に対してなら何でも言ってくるといいってことだ。」

「最初からそう言ってくださいよ。」

「そうそう、それだよ。手紙に書かれていた通りの百面相だ。」

俺は手紙の果てまでひどい言われようらしい。

聞きたくなかったな……。

しかしどうやら叔父様は、俺の百面相に向き合うつもりらしい。

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魔法が使えない伯爵家次男はExcelで生き延びてみる。 木継 槐 @T-isinomori4263

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