お盆になりましたねぇ
たんぜべ なた。
戦闘甲子園
「何だ?何がどうなってる?」
「何で、ノーヒットで一点入るんだ?」
「おいおい、コレはなにかの間違いかよ?」
甲子園球場がザワついている。
回はすでに九回の裏。
先行は優勝候補筆頭と言われ、春のセンバツでも名声を
先発投手のシャットアウト劇で終幕を迎える筈だった試合が、今まさにウッチャリ祭りに突入しようとしている。
◇ ◇ ◇
帝国陸軍歩兵第35旅団
最後に覚えていた記憶は、飛び散る戦友達の四肢と生首…身体も
長く暗いトンネルのような空間で眠っていた我々ではあったが、幸か不幸か全員一人欠けること無く同じ空間に居たため、我々は規律を正し、正面と思われる方位に向かって行軍を開始する。
幸いにも軍服を羽織っており、素っ裸という破廉恥な格好で行軍せずに済むことが何よりも嬉しい。
さて、行軍を進めると、ぼんやりとした光が眼前に見えてくる。
「もはや死人となった身なれば、何を恐れるものぞ!」
そう檄を飛ばす小隊長の指揮のもと、行軍を続ける我ら第17小隊(仮)。
やがて視界が開け、見えてきた光景は薄っすらと見覚えのある「甲子園球場」!
周りの建物に見覚えはなく、まして中空から俯瞰した景色は何とも表現できないのだが…。
突然足場が消え、中空に放り出される小隊員。
「お前らァ~、ビビるんじゃないぞぉ~~!」
一番のビビリ隊長が震える声で檄を飛ばせば
「は~~い!」
あまりのおかしさに、間の抜けた返事を返す小隊員。
甲子園では、今まさに中等学校野球が繰り広げられている。
我々第17小隊の面々は、この試合に参加している
幼さが残る選手たちは動揺し、その所作で試合開始の挨拶が一時遅れてしまう。
取り敢えず我々は大人しくするということで、全会一致した。
どうやら、この野球は『全国高等学校野球選手権大会』というらしく、憑依した彼らは特別枠で出場し、相手は今大会の優勝筆頭であることを、メガネも可愛い女子マネージャーから聞かされた。
始めの三回は、彼らの手腕を見物する第17小隊の面々
特別枠で出場するだけあって、堅実なプレーをするチームであった。
惜しむらくは、力の差が「ソロホームラン」三本という事実が、彼らの前に重くのしかかっている。
(そろそろ、選手交代と行こうか?
野郎ども、最終回の大ドンデン返しを目指すぞ!)
監督に憑依した小隊長の掛け声を心のなかで叫べば
(おーーっ!)
選手に憑依した隊員達も心のなかで呼応する。
彼らは、選手たちの肉体を奪取出来ることを、二回の攻防が終わる頃までには把握できていたのだ。
四回の表、毎回ランナーを背負ったピッチングを繰り返していた投手が、打たせて取るピッチングはそのままに、この回を三者凡退で切り抜ける。
四回の裏、こちらも変わらず三者凡退に終わるのだが、三回までとは内容が大きく異なる。
大きな外野フライが飛び出したり、内野の守備に助けられたものの、投手としては痛打を浴びる展開になっていた。
五回の表、この頃から凡打の山が始まり、野手陣の調子が徐々に乱れ始める。
五回の裏、この回は先発投手が踏ん張って、三奪三振の快投を披露する。
しかし、三人が三人とも共振して見せるので、バッテリーには嫌な感覚が残ってしまう。
そして、シーソーゲームに突入するわけでもなく、先制三点で逃げ切りに入っていく相手校を嵌めるべく、第17小隊の面々は本領を発揮し始める。
九回の表、敢えて一死一・三塁の絶好機を演出した所で、次打者を併殺打によるダブルプレーで二つのアウトを切って取る投手。
そして、九回の裏、予測通りに先発投手の続投を確認し、したり顔をする先頭打者。
(細工は粒々、結果を御覧じろってな。)
小隊長がニヤつく。
実は、七回目以降から、相手投手は決め球にフォークボールを多投しているのだ。
しかも、捕手がボールを取り損ねている所も散見しているのだ。
これらは、七回まで絞り球からフォークボールを敢えて外すことで、他の球種は全て長打に持っていけるという印象をバッテリーの心理に植え付けていたのだ。
さて、九回の裏、第一打席。
何の苦労も無く、ノーボールツーストライクへ追い込む投手。
決め球は勿論フォークボール!
そして三球目のボールは投手の手を離れ、打者のバットは宙を舞い、捕手のミットに入る筈だった。
「ストライック、スリー!」
球審のコールが飛ぶと、ボールを後逸してしまう捕手。
三振した先頭打者は、何の迷いもなく一塁に走り出す!
捕手は慌てて後逸したボールを掴み直し、一塁へ送球する…のだが
「セーーフッ!」
一塁手が捕球するよりも早く、一塁ベースを駆け抜ける先頭打者。
一瞬の出来事に動揺する観衆。
応援してくれる筈の三塁側スタンドも何が起きたのか理解できず戸惑っている。
慌てて守備のタイムを取る一塁側ベンチ。
無理もない、討ち取ったはずの打者が一塁に居る、しかもヒットや四死球に拠るものではない。
一塁側ベンチの指示を伝え、しばし円陣を組む内野守陣。
円陣が解かれ、試合が再開される。
投手が大きく振りかぶると、一塁走者がいきなり盗塁を敢行する。
初級がスローカーブと見越しての走塁に、投手は勿論、捕手も慌てる。
ボールは大きく外れ、捕手が二塁へ送球しようと立ち上がった時には、すでに二塁上に立っている走者。
打者は右打ちということも有り、三盗を警戒するバッテリー。
それに応えるかのように、二球目の直球に対しても、三盗を仕掛ける二塁走者。
今度は速球!打者が共振したので肝を冷やすが、何とか捕球して三塁へ送球する捕手。
しかし、辛くのタッチでセーフをもぎ取る二塁走者。
結局、二人目はフォアボールで一塁に出塁する。
二度目の守備タイムを取る一塁側ベンチ。
「こちらは三点あるんだ、慌てなくていい!」
先発投手を落ち着かせようとする内野守陣。
ではあるが、おそらく裏では継投に向けたウォーミングアップが行われているのだろう。
投手の顔に焦りの色が見えている。
左打席に入った打者を前に振りかぶった投手。
それに合わせ、本塁へ突入する三塁走者!
捕手が半身を切ってブロック体制に構えた瞬間、打者は三塁線へのスクイズを披露する。
慌てて本塁へ駆け込みボールを補給しようとする三塁手。
彼の前を走るのは三塁走者。
一瞬の気の迷いが、三塁手のお手玉を誘い、内野安打になってしまう。
無論、ボールは本塁へ送球されるのだが…。
愕然とする捕手を交わし、左手でホームベースにタッチする三塁走者。
ここで一点を返した上に、走者はそれぞれ三塁一塁へ到達している。
相変わらずヒットカウントはゼロのまま、エラーカウントだけが一つ増えた。
◇ ◇ ◇
俺達に身体を奪われている選手たちが歓喜の声を挙げている。
三塁側のスタンドも歓喜の声に包まれている。
無理もない、九回裏のどん詰まりで、優勝候補筆頭に一矢報いることが出来たのだから!
(まだまだ、これからが本番だ!
ギッタギタにやってやるぞ!)
小隊長の激が飛べば
(お~~!)
陽気に応える隊員達…どうやら、最後の戦闘で鬱憤が溜まっているようで、その憂さ晴らしを考えているようだ。
すでに先発投手は憔悴しきっている。
継投のアナウンスがなされ、新たな投手が投入されるが、変わってしまった流れを止めることは出来ない。
無死一・三塁で、打者に対してもワンボール、ノーストライクという状態。
早速ストライクを取りに来た二球目を四番打者は共振!
センター最深部への大きな犠牲フライを放ち、三塁走者は生還し、点差は一点。
なお、一塁走者は踏み留まっている。
さて、五人目の打者に対して、ストライクを取りに行けない中継ぎ投手。
結局フォアボールを出した所で、一塁ベンチから最後の守備タイムが継げられる。
「慌てなくていいから…。」
内野手にも疲労の色が見え隠れする。
六人目の初球から重盗を仕掛けられ、いよいよバッテリーはパニックに陥る。
何とかワンボール、ツーストライクまで追い込めたものの、ボールコースに入れる予定であった失投を見過ごさず、ライト線とフェンスギリギリの位置へこれまた特大の犠牲フライが飛び、二塁走者が一気に本塁まで駆け抜け三点目。
一塁走者も三塁へ到達。
混乱した一塁ベンチは、慌てて抑え投手を注ぎ込む事態に突入する。
あいも変わらずスコアボードにはノーヒットの表示が踊り、点差のみが同点となっている。
七人目は抑え投手の初球を叩き、レフト線へ素早いゴロを転がす。
勿論、三塁走者は本塁へ走り、レフトは捕球したボールを一塁へ…返球するのを諦めた。
劇的な大逆転劇で、敗北を喫する優勝候補筆頭。
崩れ落ちる投手を見届けると、第17小隊の面々は選手たちから憑依を解かれていく。
「何だ、お前たち、これで成仏できるのかぁ?」
「「「はい、満足です。」」」
憑き物が取れた屈託のない笑顔で談笑する第17小隊の面々達。
球場に取り残された、勝利校の選手たちは、眼前に広がる現実に真っ青になるのであった。
お盆になりましたねぇ たんぜべ なた。 @nabedon2022
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