第二話 「足りないもの」
スマホを耳につけるなり、陽気な声が聞こえた。
「よお」
「用がないなら電話切ります」
「連れないなーお前は。あんなに手塩にかけたのにな~。お前が初めのころなんて、なんの実績もなくイキって姫を怒らせることなんてしょっちゅう......」
「お世話になりました。ありがとうございました。失礼し......」
「お前のために姫をなだめたのに、お前は俺の話を突っぱねるんだな~」
成宮はスマホを耳から離して切断ボタンを押そうとしたがピタッと指を止め、深いため息を付きながらギリギリ聞こえる距離にスマホを戻した。
「めっちゃ溜息つくじゃんね」
「それで?城崎さんこそ、私に電話をかけて道草食うほど暇じゃないでしょ。グループ「
「まあまあ。人生においてたまには交わった人間のことを懐かしんで話しかけるくらいの道草は、神様も許してくれるさ。んで、今はどうなのよ」
「城崎さんには関係ないじゃないですか」
「これでも育ての親って自負はあんだよ。それに俺は見ていたいのさ。どこまでも煌々と輝くネオン街の夢ではなく、決められた箱で煌々と輝く電子の海に夢を追い求めた元No1ホスト、一夜 情の生きざまを。いや、今は成宮 譲か」
「......ええ。私は上手くいってますよ」
少し視線を上げて目を細めた。少しの間廊下の天井をぼんやりと見上げてから電話口に力なく答える。
「ははは。そうかいそうかい。その様子だと、お前さんの部分はうまくいってるが、という感じか」
「何が言いたいんですか」
成宮は再びスマホの電話口を睨みつけた。手が震えるほどスマホを握りしめて。
「まあまあ、そうカッカしなさんな。お前さんの悪いクセだよ」
「城崎さんこそ、いつもそうやってぼやけた言い方をするのは悪いクセですよ」
「ははは。言い返すようになったもんだ」
「城崎さんが言いたいことをハッキリ言わないからですよ」
「昔の初々しいお前はどこいったんだよ。姫に慣れたかと思えば、新人にどぎつく当たって辞めさせたり、お前より売上は低いがウチの店で歴のある中堅と喧嘩したり....思えば俺はお前の仲直りさせる仲裁役だったのが懐かしいよ」
「あの頃の話はもういいじゃないですか、それで本当に何が言いたいのです?」
「いやな。危なっかしいお前さんが、あっという間に孤高な夜の帝王と持て囃されるまで昇りつめた。それも、圧倒的な力でねじ伏せるほどに。そんなやつが随分歯切れの悪い回答をしたもんだからな」
「はぁ......。もういいですか。頂上に昇るために時間が惜しいんですよ。私は」
「譲」
「はい?」
「昔、お前が売れてきたころから、口酸っぱく言ってたこと覚えてるか?」
「ええ、耳がタコになるくらい言われましたからね。人を尊敬しろ、でも遠慮はするな......でしたね」
「よく覚えてるじゃないか」
「バカにしてます?」
「いやいや、そんなことはない。口酸っぱく言ってみる価値もあるんだなと、改めて認識しただけさ」
「そうですか。よかったですね」
「まあまあ、また切りそうになってるんだろうが、俺から提案がある」
成宮は少し目を見開き、電話口へ視線を流した。
「お前がNo1になっても拾えなかったものを拾いに来ないか?」
今まですぐに返答していた成宮だが、言葉に詰まった。心ここにあらずのような視線が泳ぐ。
「なあに。そっちを完全に辞めて俺の店に戻れ!なんて言う資格はない。お前の夢はそのまま追い続けてほしいと思うものさ」
「......どういうことです?」
「そっちの仕事の都合は優先してもらっていい。その上で終わってからこっちに出勤してってことさ」
「急に出れない、もしくは遅れ......」
「なあに。そんなのはハナから承知の上さ。そんなんでお前を咎めたりしない。まあ、ホスト一本のやつなら怒鳴りつけてるがな。それは約束する。だから安心してもらっていい」
成宮の言葉を遮るように城崎は笑いながら話す。成宮は跳ね返すことが出来ずに口を開けなかった。数分の時が過ぎ、城崎は楽しげな声で続ける。
「ま、沈黙ってことは絶対に嫌と言えるほどではないってことだから、出るってことは決まりで。いつから出れるかは電話でもメッセージでもいいから連絡くれ。よろしく」
成宮が引き留める間もなく城崎は用件を伝えて電話を切ってしまった。成宮はそっとスマホを耳から離し、力なく腕を降ろす。ぼうっと前を見つめた後、瞼をぎゅっと閉じ、キッと目を見開いた。眉間にしわを寄せながら大きな歩幅で歩き、執務室を出たときよりも数倍大きな足音とともに会社を出た。
家につくなり、成宮はクローゼットに閉まっていた大きな箱を取り出した。しっかりとした木箱の中には、キラキラとしたジャケットが数着、多用な花が彩られ、色合いも派手なシャツが数十着、そして柄のついたスーツが数着。最後にバラの刺繍が美しい小さな赤い箱を取り出した。ゆっくりと箱を開けて、金色のフチが眩しく、レンズもベージュの派手なグラスを取り出した。
「......No1の俺が......取り損ねていたもの......か」
城崎に言われた言葉を成宮は反芻しながら、眼鏡をふとかけた。そして部屋においてある姿見鏡を見つめる。そこにはキツ目をした自分の姿はなく、目は見開き、ギラつく自分の姿があった。眼鏡をゆっくりと外して箱に戻すなり、スマホを手に取り、電話をかけた。
このグラスは君を変える 星燈 紡(ほしあかり つむぎ) @hoshi_akari_tumugi0301
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