このグラスは君を変える
星燈 紡(ほしあかり つむぎ)
第一話 「ノンデリ」
「うっわ....何?.......このスパゲッティ......」
ドン引きする女性の隣で固唾を飲んで見つめていた男性は顔をしかめて、不服と言わんばかりに口をアヒルのように尖らせる。
「なんすかー、まーたいつものお説教ですかー」
「ええ。何回でも言ってあげますよ!!」
「あーあー。まーた長ーい説教がはじまっちまうよー」
「綺麗なコードにしてから聞いてくれるかしら?そしたら秒で答えてあげるわよ」
高遠から目を反らして、青柳は髪の毛をくしゃくしゃと掻く。
「ここだけ!ここだけでいいんで、教えてくださいよー」
「それよりも前に読みやすいコードが書けるようにならないと。こんな散らかった部屋のような汚いコードじゃ問題の根本がどこで、どう解決にもっていくかまでに時間がかかるじゃない」
「いいじゃないっすかー、わかんないとこはわかるんですし」
飄々とする青柳に高遠は溜息をつきながら頭を抱えた。
「あなたね......」
「お二人、外れていいっす。時間の無駄」
上座で足を組んで座っているキツ目の男性が高遠の話を遮るように口を挟んだ。高遠は、男性のほうを振り返り睨みつける。
「待ってください。成宮さん」
「何でしょう」
「それでは青柳君の成長には...」
「そんなの青柳君が手を動かしていれば、できるものでしょ」
成宮は組んでいた腕を解き、机に頬杖をつく。高遠が成宮のほうへ歩み寄ろうとすると、成宮は手で制した。
「青柳君」
「成宮さん、ちょっとだけ!ちょっとだけ見て.......」
成宮は青柳のノートPCを頬杖をついたまま、微動だにせず、画面を見下ろすように視線だけをやる。
「全然できてない」
成宮は青柳のコードを見るなり、ばっさりと切り捨てたのだった。青柳の顔からお調子者の笑顔が消え、みるみる顔が青ざめていく。
「そんな......」
「こんなのコピペして遊んでるの?」
青柳は今までの威勢が嘘のように消え去り、45度の綺麗な会釈をして、自分の席へ一目散に帰っていった。成宮は青柳には目もくれず、高遠に問いかけた。
「高遠さん、そんなことよりあなたはあなたの仕事を全うしてくれない?」
「っ....」
「教えたので成果が減りました!では話にならない」
成宮はため息交じりに首を振った。高遠は震えながらもぎゅっと手を握りしめ、一呼吸ついてから握りしめていた手を解いた。
「目先は......そうだったとしても、ちゃんと教えてあげることでこの先......チームとして成果を......上げていけるじゃないですか.......」
「そんなこと自分で考えるのが当然でしょ」
今までばっさり言い捨ててきた成宮だが、語気を強め、熱が籠った。高遠はただただ肩をがっくりと落として俯くことしかできなかった。
「また一週間後の出社日に進捗の報告を」
成宮は立ち上がり、カバンを肩にかけて執務室のドアに手をかける。みんなのほうを振り返ることはしなかった。
「もっと仕事が持てるように努力して。より大きい仕事や量を受けたいので。本日は以上。お疲れ」
取り付く島もないように会議を締めて、足早に執務室から出て行った。廊下には虚しくカツカツと足音だけが鳴り響く。執務室が見えなくなった頃、成宮はふと立ち止まり、張っていた肩の力を抜いた。
「はぁ.......。俺がいて、仕事見せてるのに、今日まで何も変わらないな。会社のNo1チームになるには遠いな.......」
目頭を押さえ、眉間にしわを寄せ、何もない前方をただただ睨みつけた。そんなはずはないと首を振り、またカツカツと音を立てながら廊下を歩く。
――ピロピロリ
スマホのベルが鳴り響き、成宮は足を止めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます