”コワい”とは

麻田 雄

第1話


 「明日の清掃、ちょっとコワいんすよねぇ」

 「へぇ、そうなんだ」


 数年前、リゾートバイトにて、山奥の宿泊施設で働いていた時の出来事。

 同室だった彼の言葉に、俺は何気なくそう返した。

 仲が悪かったわけでは無い。

 むしろ、不愛想な俺にも温かく接してくれていたので良好な関係だったと言えるだろう。

 俺も嫌っていなかった。

 ならば何故、その言葉を聞いた時に「何が?」と、返答しなかったのか……。

 普通なら「コワい」と言われれば、その理由が気になるだろう。

 だが、そうしなかった事には理由がある。

 俺は”コワい”という言葉を”大変だ”という意味で捉えていたのだ。

 地元ではよく使われる表現だった為、全く意識していなかった。

 その誤認に、その時に気付けていたとしても、彼を救えていたりとか、何かが変わっていたという訳では無いとは思う。

 それでも少しは考えてしまう事があった――



 そもそも「コワい」という表現が誤認を招きやすい言葉なのだ。

 幼い頃……古典落語を知らなかった俺は「饅頭コワい」を饅頭が”固い”話だと思っていた。

 ……あくまで、幼い頃の話だ。


 落語の内容を知らず、言葉として聞いただけの場合には、そちらの方が自然な捉え方であるのではないかと今でも思っている。

 世間一般的に饅頭が日数を経て固くなってしまう事はあり得るだろう。

 だが、饅頭を”怖い”と認識する体験には、なかなか遭遇しないと思うのだ。

 だからこそ勘違いした。


 おこわだって元は、十分に水分を加えて炊いた米と、蒸してまだ固さの残る米の区別の為に使われていたようだ。

 そう考えれば、こと食品に於いて「コワい」=「固い(強い)」と考えてしまっても何ら恥ずかしくは無い筈だ。


 つまりは「キツい」とか「大変だ」「疲れた」という表現だったと勘違いしてもおかしく無い状況だったという事だ。

 流石に話の流れとして「固い」を連想する事は無かったが、仕事の話という流れならば「大変だ」「キツい」という表現の方がホラーよりも親和性は高い。

 「固い」という意味ほど市民権は得ていないとは思うが、結構広い範囲で使われている言葉ではあるし。

 もし、『本当にあった”コワ”い話』という一部言語表現を改ざんした番組があった場合、その中でホラー的な内容ではなく現実的な苦労話等を流したとしても一部地域では受け入れて貰えるだろう(あくまで個人的意見です)。

 人気が出るかは別の話だが……。



 このような事を考える時、いつも最後に辿り着く答えがある。

 そして、今回も同じ解に行き着いた――


 『そう。だから俺は悪くない』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

”コワい”とは 麻田 雄 @mada000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ