第54話 大神殿にて

 メテオラ大神官が言う。

「ようこそおいで下さいましたトレーナー陛下。お待ちしておりました」

次いで聖女のナスタさんが言った。

「お探しの物はご用意して御座います」

トオルは小声で執事さんに訊いた。

「既に連絡してあったんですか?」

それを聞いたナスタさんがにっこり笑って答えた。

「ミレーナ女神様からのご託宣がございました。1万年前のわたくしとの契約のことで国王陛下とトオル様が訪ねてくるはずだと申されました」

 (ミレーナ女神様は知っていたのか、だとするとチョット意地悪だな)とトオルは思う。畑の状態が悪くなった時に「約束を果たせ」と教えれば良いものを、と。


 神殿に入って祈りの部屋に入るとミレーナ女神像が祀られていた。

ミレーナ女神様がご降臨なされます。皆様お祈り下さい。

メテオラ大神官が促す。

(やっと会えるのか)トオルは思う。これまでメールだけで実際に会ったことは無かったのだ。

 白っぽい半透明の光が部屋中に満ちた。

『初めましてトオル。君のマドンナ・ミレーナ女神だよ』

初めて会う女神は背の低い可愛い系の顔と声だった。

トオルが問う。

「何で作物が育たなくなるまで放っておいたのですか?」


『決まってるわ。約束を果たさないからよ。それがどんなに愚かな行為か、身を持って知らなければいけないからよ。でもわたくしは優しいからこうやってあなた方の前に姿を現したわよ、この国の民が絶滅する前にね』


1万年前の女神とチリント王国との契約とは,どんなことだったのだろうか?


1万年前この国とバジリス王国、モスタの森を含むアテルイ村、マルテウス王国のカンセコ領、アキレス領は半人前ならぬ半神前になったばかりの、ミレーナ女神が初めて管理を任された人間世界だった。ミレーナ女神はこれらの土地に住む人間達に幸せに暮らして欲しいと願っていたが直接女神が手を貸すことは禁じられていたためにその地に住む人間の中から協力者を選んで女神の知恵を貸して代行させた。それが初代チリント王国国王だった。建国する前の彼は女神の任されている土地を巡って女神の知恵で土地を豊かにしていった。


しかしながら人間の短い寿命では出来ることに限りが有って、カンセコ領、アキレス領は、マルテウス王国に占領されたが、アテルイ村は辛うじて占領されずに済んだ。その功績でチリントにそなたの納める国の土地を豊かにしてやろう、その代わり女神への信仰心を忘れることの無いようにと契約を結んだ。それが100年に1度土地に肥料を与えることだった。代々国王が変わる度に契約の事を伝承させ、女神への感謝を忘れないようにするのが目的だったそうだ。初代国王チリント陛下は優秀な魔法使いで国境の壁も1人で作ったらしい。


しかし何で100年毎なのか?そんなに長い年月では、寿命が短い人間では忘れてしまうではないか。せめて10年毎とか毎年お祭りをして伝承させた方が良かったのではなかろうか?


トオルの疑問に女神は答えた。

『契約を果たす時に膨大な魔力を使うのよ。だから国王は命がけで果たさなければいけないから若い時に行わなければいけないの。

なので100年毎に世代交代の時にしてくれと初代国王から願って来たのよ。その間隔なら苦痛を味わわずに済む者も居るだろうということだったのよ。その代わり100年目が近付いたら、老いた国王は自ら引退して次期国王に伝承を伝えなければならない事になったのよね、それでも先代まではなんとかかんとか伝えられてきたのだけれど今回は先代の急死によって伝えられなかったようね』


 一息入れて女神が言う。

『ナスタさん伝承の書物を出してあげて』

「かしこまりました」


出て来た書物は新しい紙に書かれたものだった。

「代々の国王が書写して内容を暗記しておられたそうです。これは先代様が逝去なされる直前に神殿に奉納なさいました」



「中を拝見しても宜しいでしょうか」

「どうぞご覧ください」


書物の内容は腐葉土を集めて生ごみや魔物の死体や臓物などを1ヶ所に集め、時間促進魔法で堆肥にする事が書いてあった。

時間魔法を使えない者でもこの時だけは使える呪文も書いて有った。この呪文を唱える時に膨大な魔力を使うのだと言う。

たった1つの畑に施肥しただけで王国中の畑が肥沃になるはずが無い。その畑から国中の畑に栄養を分配する魔法が組み込まれた呪文なのだ。初代国王の頃は魔石の魔力を利用する付与魔法も技術も開発されていなかったので、本人の魔力だけで実行することが延々と伝承されてきていたのだ。


 これは色んな魔道具を創れば、もっと簡単に忘れることなく伝承出来るだろう。

『駄目よトオル、契約の本質はわたくしへの信仰心を持ち続ける事なんだから、100年目が近付いたら、教える様な魔道具とか作っちゃ駄目だからね』

心を読まれてしまった。

 『でもね、少ない魔力量でも堆肥を作って、国中の畑に栄養を行き渡らせる魔道具なら作ってもいいわよ。と言うかむしろあげて』

「いいの?」

『勿論。1万年もの間、そういった改善をしようと思わなかったことの方が問題だわ』

 「そりゃあ神様との約束だと【そういうもんだ】【昔からずっとこうやって来たのだ、それを変えようだなんて不信心だ】と先人から一蹴されそうだものね」

『確かに、年取ると頑固になりがちだしね』


 女神の言質げんちを得たので、遠慮なく魔道具をもらおう。ドワーフとしての技術者魂が揺さぶられるトオルであった。まだこの世に無い物を創れる喜びに心が震える。

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