第三十五話 箱の全貌

『それでも、嬉しいです』

『救われるのはただの結果だからね』


「そうか。まぁ、結果的にでも喜んでくれるのなら嬉しいな……ん?」


 唐突に周囲を囲む草原が途切れ、遥か下方に行き止まりが現れた。どうやらここで一度終点らしい。


『どうやって着地するやん?』


「色々方法はあるが、基本は力押しだよ」


 言いながら、俺は右腕を木壁に突き刺した。

 金属かと思うほど固く冷たく密度の高い木を大きく引き裂いて急ブレーキをかける。盛大にぶちまけられる木くずと引き換えに、落下のスピードが徐々に緩み、停止した。


 猛烈な摩擦で煙が吹き上がる腕を引き抜き、すでに目前に迫っていた行き止まりに着地。幸いなことに大穴が側面に空いていたので、そこから外へ出る。





 ついにたどり着いた箱の中。

 未知の迷宮【未顕救世工房カイト=フレニア】の全貌。




 そこには、壮絶な戦いの傷跡が生々しく残されていた。


 メインエントランスだったのだろう広く開けた空間。その壁には無数の弾痕や巨大な爪痕が残され、床には深い亀裂がいくつも走っている。防衛兵器もいくつも破壊され転がっている。


 イソギンチャクを機械化したような、夥しい数の兵器を装備したその兵器たちは、いずれも血だまりのように広がるオイルに沈んでいる。完全に破壊されているようだったが、その残骸からはランスリリーサーと同等、あるいはそれ以上の力を持っていただろうことがうかがい知れた。


 それと相打ちになったと思われるのは、全身が醜く捻れた異形の巨人だ。高さは20メートルはあるだろう。何千何万と弾丸を撃ち込まれ、肉体の四割以上が欠損した状態で相打ちに持ち込んだらしい。周囲一面にまき散らされた青白い血がその死に際の戦いぶりを想像させた。


 細菌が不活性化しているのか、死んでから相当な時間が経っているだろうに巨人は腐敗することもなく形を保っている。そこかしこに残る激戦の痕跡も、風化せずに残されていた。


 意外なことに迎撃はなかった。理由があるのかは知らないが、なんにせよ都合がいい。


「奇襲や罠に注意して、確実に進もうか」


「はい……しかしこれは……凄まじいものですね……」


 フランの視線の先では、輪郭だけをかろうじて虎のように擬態した捻れた頭足類が、鉄骨ほどもある無数のフレシェット弾で天井に縫い付けられていた。触手がまだかすかに動いているように見えるが、おそらく幻覚ではないだろう。


「A国の戦力……ではございませんね……箱に槍を突き刺した、勢力……でしょうか?」


「どうだろうな。……視聴者はどう思う?」


『クロンダキア周辺の生き物とは雰囲気が違いすぎる』

『(語録殺)他勢力との戦争中に文字通り横槍入れられたって感じ』


「俺も近い考察だ。乱戦だったのかもしれないな」


 強大な勢力が入り交じり潰しあう破滅的な戦争――おそらくは俺が知るあらゆる戦争が比較にもならない規模の戦い、その一片がここに残されている。


「……信じられんほどワクワクしてきた。フランはどう思う?」


「言うまでもないことかと……」


 平静を装っているが、フランも口元がにやけている。


 ここまででさえ想像もできない未知。この先には、もっとすごいものがあるのか。


 何か、満たされかけている気がした。あともう少し、もう少しで、この飢えと渇きが収まる。


 興奮に突き動かされるように、頭足類の足に隠れていた階段を下りる。

 先へ進むほどに戦争の痕跡は深く、激しいものになっていった。


 会議室らしき大部屋の壁に叩きつけられた怪物は、おそらく爆風によって身体の半分が吹き飛ばされていた。残された半身からは奇妙な器官が飛び出しており、ピクピクと動き、時折発光していた。


 実験室らしき空間の片隅には、大量のガラス片に沈むようにしてねじれた牙を持つ獅子の怪物が倒れていた。頭には釘のようなドローンがいくつも刺さっており、激しい苦痛にのたうち回って絶命したようだ。


「これだけの戦力に襲われて、生き残れる国はいったいどれだけあるだろうな」


「生き残ると言い切れるのは……A国のくらいのものでしょう……あの国の戦力は隔絶しておりますゆえ……」


「……そんな連中に配信目的で喧嘩を売りに行く俺たちはなんなんだろうな」


「知れたこと……迷宮炎上配信者でございます……」


「ははははは」


『なにわろてんねん』


 そんなやりとりを交えながら、崩れて行き止まりになっている箇所を避け、時には壁を破壊しながら下へ下へ進んでいく。


 部屋や廊下を二十か三十超えたところで、エントランスほどに開けた空間に出た。


「これは……」


 兵器の残骸や化け物の死体が散らばっているのはほかの場所も変わらないが、目を引くのは部屋の中央、天井に張り付いた巨大なガラス製のチャンバー。そのチャンバーの中にある、何らかの力でふよふよと浮いた半透明の赤い球がある。


 照明のように光を放つ赤い球には複雑な模様が浮かび上がっており、常にゆっくりと変化している。それは別にいいが、問題はその正体だ。


「これは……自爆装置か?」


 チャンバーに書かれた警告文と思しき赤色の文は謎の言語で読めないが、横に爆弾らしきピクトグラムが描かれている。

 チャンバーの周りに制御パネルと幾重にも張り巡らされたセンサーが配置されており、赤い球の状態を今もなお厳重に監視している点からみても危険物であることは確実だった。


 赤い球を金の小窓が命名する。

【|手乗り太陽≪クイックフォーマット≫】、超級特異物。

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迷宮炎上配信者 ~現代最強の傭兵、炎上系配信の意味を間違えて世界樹を丸焦げにしてしまう~ オークレー・星 @doubletomoharu3

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