第三十四話 【出落ち配信、集まれ非国民】
槍の中の大草原を自由落下しながら、俺は金の小窓に触れる。
この目が洗われるような鮮烈な緑を、視聴者と共有したくて仕方なかった。
皆、喜んでくれるだろうか。
「……配信をされるのであれば、一つ、ご提案がございます……」
未だ俺の右腕の中に収まっているフランが、おもむろに口を開いた。
「もしよろしければ……昨日の、世界樹を焼いた配信のチャンネルを差し上げましょうか……? ……炎上起因とはいえ、数は正義でございますので……今のチャンネルを捨てて、乗り換」
「それはないだろ」
自分でも驚くほど、冷たい声が出た。
「皆、俺の配信についてきてくれたんだ。そっちのチャンネルの数に比べれば少なくても……俺の大事な、大事な視聴者なんだ。置いていけるわけないだろ」
「……も、申し訳……ござい、ません……」
わずかに語気を強めて言うと、フランはびくっと震え、物凄くしょんぼりとしてしまった。
見ていて本当にびっくりするほどしょげかえってしまったので、さすがに慌てる。そこまで傷つく一言だったのか?
……いくら俺から見て無神経な提案だったとはいっても、フランは完全な厚意、純粋な思いやりでそう言ってくれたのだ。みじめな思いをさせるのは本位じゃなかった。
「まぁ、捨てて乗り換えはしないが……皆を連れて移住する形なら、問題もないか」
俺としても、この配信を届けられる視聴者が増えること自体はありがたいのだ。
「驚かせてすまんな、フラン。すれ違いはあっても、その気持ち自体は嬉しい。ありがとうな」
「……ありがとうございます、ナハトさま……」
フランは心底安堵したように微笑んで、それから顔をそらした。
「……危ないところでございました……ナハトさまの大事なものを……いきなり、台無しにしてしまうところでございました……」
フランがぶつぶつと何事かを呟く。
落下による風切音もあってよく聞こえないが、まぁ独り言に耳を澄ませるのもよくない。気にしないことにする。
ともあれ。
フランの提案に乗った俺は、まず金の小窓を操作して、ほんの数十秒ほどの動画を撮った。
「非国民の皆、俺とフランは今からクロンダキアの一番底……あの箱に踏み込むことになった。こっちのチャンネルで配信するから、見届けてくれ」
その非国民たちあてのメッセージを込めた動画を俺のチャンネルに上げる。
フランが困惑しながら訪ねてきた。
「ナハトさま……非国民……とは、一体……?」
「俺のチャンネルのファンネームだ」
「は……?」
フランに信じられないものを見る目で見られながら、俺はクロンダキアを焼いた配信のチャンネルで、【出落ち配信、集まれ非国民】というタイトルの配信を開始する。
挨拶をするよりも先に、コメントが流れ始めた。
『ワシらの故郷は此処やったんか』
『スッゲー楽しみ……!』
『わしは乙の翁と呼ばれておる』
『(対象をとらない)視聴する……』
『(語録殺)フランさん一緒なんですね! よかったです!』
「あんたたち……」
こんな急にチャンネルを変えても、すぐについてきてくれる。俺は本当に良い視聴者に恵まれた。
『というかここどこ? え? マジでどこ居んの?』
『なんで落ちてるやん!?』
『あー出オチってそっちかー』
『フランちゃんのこと聞きたいのにそれどころじゃない件』
俺とフランが謎の場所で落下していることに気付いた非国民たちの困惑のコメントが周りを流れる。
「伝えたいことが多すぎて、何から喋ったもんか……」
非国民たちに、フランと話に行った後の経緯を簡潔に伝えたいが、本当に色々あったからこんがらがってしまいそうだ。
「であれば、この機能を……」
フランが小窓を操作すると、俺から見て左側に【これまでのあらすじ】と題打たれた四角い枠が出現した。
枠の中には、俺がフランを説得し、パラダイムシフターの攻撃を受け、戦艦で迷宮へ乗り込んだ一連の流れが簡潔に書かれていた。
『RTA動画によくある枠みたいなの出てきたな!?』
視聴者と一緒に俺も驚く。枠には、俺の言いたかったこと伝えたかったことが大体まとめて書いてあった。思考を読んだのか? そんなことまで出来るのか、金の小窓。
核攻撃や横領で雇った傭兵といったセンシティブ要素はしれっと伏せられているのがなんともフランの作った機能らしかった。
「……さすがに枠を常に出しておくのは邪魔……でございますね……視聴者さまの画面にのみ、映るようにいたしましょう……」
フランがさらに小窓を操作して、枠が消える。丁度そのタイミングで、世界樹炎上動画から入った層が集まりはじめた。
『これなに?』
『世界樹焼いたチャンネル普通に動いてるの草』
『度胸ありすぎだろ』
『なんでコメントがあんころ語録?』
『知らないお祭りに紛れ込んだ外国人の気分や』
コメントが大きく賑わいを見せはじめる。その大半は困惑だった。まぁ、俺を知らない層から見ればこれは謎の配信でしかないから当然だ。
『あなたたちは、いったい誰ですか?』
おそらくは、世界樹に放火したところで認識が止まっている視聴者からの質問。
……本当に何度改めるのかという感はあったが、それでも改めて、俺は自己紹介をした。
「みんな聞いてくれ。俺たちはサルファイヤー改め、サルファハイドレートだ」
ババン! と大きな効果音が鳴り、大きな赤文字で【
『爆 速 改 名』
『変えるべきだったのは非国民ってファンネ定期』
『↑はい非国民』
『↑無敵の返しかよ』
『まぁサルファイヤーよりはいい名前やん』
『それはそうやん』
それはそうやん、じゃないが? と思うが話が逸れるので悔しさを押さえて黙っておく。
「ゴホン……とりえあず、まったく俺たちのことを知らない奴は、配信ページの上にあるリンクから今までの活動を確認してほしい」
新規視聴者にそう案内してから、俺は本題を切り出す。
「今、俺たちはクロンダキアの焼け跡から見つかった謎の箱に侵入した。パラダイムシフターが溢れかえってたのは皆知ってると思うが……それ以外にも、猛烈なA国の妨害を受けてな。どうもこの奥に、A国の国家機密があるらしい」
『え』
『マ?』
『オイオイオイ』
『やばくない?』
『やばくないわけがない』
『スッゲーヤバい……!』
『国家機密って、もしかしてパラダイムシフターの生産方法?』
核心を突いたコメントに頷く。
「勘が良いな」
実際はAIが動画の流れに即したコメントを拾ってきただけなんだろうが、話が早くて助かる。
「その可能性は極めて高いと思ってる。ここが製造拠点でもない限り、千体を超える数の展開は難しいだろうしな」
『だとしたら最高機密やん』
『(語録殺)昔でいう核実験場なみの重要施設ですかね?』
『もしかしてこの配信の結果次第で、戦争の結果が変わるってこと!?』
『なんとなく開いた動画が世界情勢を変えようとしてるのどう受け止めればいいの』
『首になってもB国を守ってくれるなんて、本当に嬉しいです』
「すまんが、B国を守るのは俺の動機じゃない」
B国民と思われるコメントを否定する。
「俺はただ、非国民の皆と、迷宮に隠された秘密を共有したいだけだ」
それが偶然、この世界の運命を左右しているものだっただけなのだ。
「だからB国が救われるのは……まぁ、おまけみたいなもんだ。戦ってる奴らには悪いがな」
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