第28話 積み重ねる

 それからというもの、俺は何度となく、姫君とふみのやり取りをした。

 内容は、実に多岐たきにわたっている。医術に関する専門的なことから、里の様子や、どんな暮らしをしているのかまで、思いつくまま、われるままに書き送った。

 姫君の文にもまた、都の様子や、日々の出来事など、様々なことが記されていた。

 それも、よくある定型的な文章などではない。ご自分の言葉で思いを込めてつづっておられるのが伝わってくるものだった。


 やがて文だけでなく、貴重な医書を姫君みずからが書き写され、そうやって出来上がった写本まで届くようになった時は、さすがにおどろいたが。

 書物自体が高価なので、今の俺の身の上では、なかなか容易よういには入手できない。そのことを思いやって送ってくださるのだろうが、「書き写すことで、私自身も自然と医術について学べる」と文に書かれていたから、両方の目的を兼ねているようだ。


 姫君はとても物覚ものおぼえがよく、医術の知識も、あっという間に吸収してしまわれる。教えるだけでこれほど手ごたえを感じたのは、初めてのことだ。

 文字だけのやり取りなのに、姫君が相手だと、物心ぶっしん両面の充足を感じた。疲れていても、文の返事は後回しにせずに書いてしまうほどに。


 そして都を訪れた際には、必ず九護家くごけにも寄るようになった。

 医術の知見を得るため、半年に一度ほどは都へ足を運ぶのがいつしか定例となったが、その最後に九護家を訪ねるのも、定例の一部だった。

 姫君にお会いするためばかりではない。大納言様に、支援の礼の意味も込めて、ごあいさつするためでもあった。


 実は、謝礼の箱に入っていた大納言様からの文には、「まことに微力ながら、今後もそなたの支援をしたいと考えている」というむねが記されていたのだ。

 それをきっかけに、俺は支援を受けるようになった。


 もっとも、当世の多くの公家と同様、九護家もまた、財政に余裕があるとは言えない。その中からの支援なので、大金をつぎ込んでもらえるわけではない。

 おまけに、九護家の若君は、どうも俺のことを目のかたきのように見ておられる。

 そんな事情もあって、「出来る限り自分の力でやっていきたいので、支援は最小限で充分です」と大納言様にお伝えしてあった。


 それでも、何の支援もないより、はるかに助かっていた。

 九護家からの支援のことを知ると、甚右衛門じんえもんさんを筆頭ひっとうに里の人たちは、俺が都へ行くのを以前よりもこころよく送り出してくれるようになった。支援者への礼の重要性を、みんなよく分かっているのだ。




 普段の姫君は当然ながら、病のとこいておられた時と異なり、きちんと女物の衣を着ておられる。そうすると予想通り、「女装している若君」と言われたら信じてしまうであろう印象をかもすのだが――俺にとっては、どうでもいいことだった。

 聞くところによると、姫君は父方の祖父にあたる方とそっくりな容貌ようぼうらしい。

 その方はすでにくなられているとのことだが、この容姿ようしの男がいたなら、生前は注目のまとだった違いない。

 もはや、どうやってもお目にかかれないから、実際はどの程度似ているのか確かめようもないが、誰もが口をそろえて「うり二つ」だの「生き写し」だのと語る。まんざら誇張こちょうしているわけでもなく、本当に似ているのだろう。


 姫君とは、お会いするたびに時間を忘れて話し込み、それでもふっと里のことが気にかかって、しみつつも、そそくさと屋敷を後にする――いつもそのり返しだった。

 体が二つあればと、らちもないことを願ってしまう。


 里では仕事の際も、もっとくだけた話し方をしている、という話題になったら、姫君は、

「私に対しても、同じで構いません。私はあなたから、様々なことを教わっている立場ですから。それに、我がへ来た時ぐらいは、あなたに肩の力を抜いて時を過ごしていただきたいのです」

 と、おっしゃった。

 いくらなんでもそれは……と、最初は戸惑とまどったが、姫君が本気でそれを望んでいらっしゃるのが分かり、段々と俺も、里の人たちに接する時と変わらない話し方に変わっていった。

 もっとも、そこまで出来るのは、家人けにんを下がらせて姫君と二人でお話ししている時だけではあったが。

 たとえ姫君本人がお望みでも、周りはそうそう、それを容認してくれない。


 そうして、文のやり取りとつかの訪問とで時を積み重ね、いつしか俺は、「姫様」や「野分のわき様」ではなく、「野分」と呼ぶようになっていた。

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