第24話 快方
俺は、調達してきてもらった薬をさっそく調合し、「これを姫君に」と侍女に渡した。
姫君が侍女に支えられながら薬をお飲みになるのを見届けると、俺は少しばかり、気が軽くなった。
取りあえず、今やるべきこと、出来ることはやった。あとは、今後の経過次第だ。
俺は、祈るような
「こうやって大勢でずっと姫君を見守っていても、見守る側が体力を
と提案した。
大納言様は、うなずかれ、
「そうすることにしよう。
と、その場にいる者たちを
そんな大納言様の
聞くところによれば、大納言様は
その後、すっかり日が落ちてからは、侍女が交代で姫君のそばに付き、俺は
到底、
とは言え、
気を引き
夜の間、そうやって
俺が様子を見に行った時には、姫君は目を覚ましていらっしゃった。
昨日に比べて、姫君の目に力が感じられる。表情もしっかりしていらっしゃった。
俺がかたわらに座って、
「お目覚めになられましたか?」
と声をおかけすると、
「……はい。何か、ずいぶんとよく眠った感じがします」
という、
侍女たちの間に、ほっとしたのと感激したのが入り混じった空気が広がった。精神の
そんな彼女たちに見守られる中、姫君は――
俺は
「横になられたままで構いません。これから、あらためてお具合の確認もせねばなりませんから」
姫君は素直に、褥に体を戻された。
俺はその体を、再び
額に触れると――まだ熱が残っているものの、昨日よりは明らかに下がっている。
目や舌を観察し、
俺は姫君自身にお聞きしてみた。
「お体は、まだだるいですか?」
姫君は、少しお考えになられてから、
「病になる前と同じように歩き回るのは、難しいと思います。ですが、眠る前の、もっと体が熱かった時は、体全体がぼんやりとして、物を考えることすら
と、お答えになられた。
それを聞いて俺は、内心でちらりと――まだ十一歳の子供には似つかわしくない回答だな、と思った。
いや、大人でもこんな言葉を返す者は、なかなかいないのではないか。
まあ、俺も自分の幼い頃を思い返せば、あまり人のことは言えないが。
そして、ふと気づいたが――目の前にいらっしゃるのは「姫君」のはずだが、「若君」であってもおかしくないような
おまけに、声も割と低めだった。病でぐったりしていらっしゃった時には、分からなかったが。
異性と間違われるような外見や声の者も時折いるから、それだけのことか。俺が気にする必要もないだろう。
何はともあれ――俺は侍女たちに、姫君の病が快方に向かっていることを伝えた。
侍女たちは
「殿にお伝えせねば」
と部屋を出ていった。
大納言様は、姫君の
「どうだ? 野分。もう、苦しいところなどないのか? 何か、食べたい物でもあるか?」
と、泣きそうな顔でおたずねになられた。
姫君はちょっと困ったように、
「父上、落ち着いてください」
「おお、そうか。これではいかんな。いきなり問い詰めるなど。……で、何かしてほしいことや、食べたい物などはあるか? 何でも用意するぞ」
「では……
それを聞くや
「湯漬けを用意せよ。……いや。
とおっしゃって、飛ぶような勢いで部屋を出ていってしまわれた。それを侍女が、
「ああ! 殿! お待ちを!」
と、追いかけていく。
「父は、普段はもっと落ち着いているのですが」
「え? ああ、そうでしょうね。最初にお会いした時は、そんな印象でしたから」
もっとも、家の主ともなれば、不安がっているところや落ち込んでいるところなど見せられないから、
「本当に一番食べたかったのは、
と、姫君がおっしゃった。
思いがけない言葉に、俺が返事をしかねていると、姫君は続けて、
「ですが、そう答えてしまったら、父は無理をしてでも……人や金銭をたくさん使ってでも、手に入れようとしかねない様子でしたから」
「……そうでしたか」
甜瓜は――おそらく、
今が真冬なら、さすがに大納言様も「仕方ない」とあきらめられただろう。
だが、「ひょっとしたら」という可能性がわずかばかりある時期だから、かえって、探しもせずにあきらめるのは難しくなる。
俺が
「もうじき、いくらでも甜瓜が手に入るようになるはずです。その時、思う存分食べられるように、今はお体を
と申し上げると、姫君は、
「ええ。その時を楽しみに待ちましょう」
と、うなずかれた。
俺は、今の姫君の病状に合わせた薬の処方に取りかかりながら――不思議な方だなと、つくづく思った。
年齢の割に大人びているというだけではない。
まだ病が治り切っていない身で、さらには百姓でもないのに、今の時期に甜瓜が手に入る可能性を正確に
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