第23話 診察
俺は
「私は医者です。こちらの姫君の病とよく似た症状を前に
と
門番は最初、
まあ、予想通りではある。いきなりこんな風に訪ねてくる医者も、なかなかいないだろう。
二人いる門番は、
「どうする? やっぱり、追い返したほうがいいか?」
「いや、一応はお伝えしたほうがいいんじゃないか?」
と、こそこそ話し合っていたが、そこへ、
「誰ぞ、来客か?」
と、屋敷の奥からこちらへやって来て、声をかける者がいた。
二十代
俺はその男に、事情を話してみた。少しでも信用が得られるようにと、
男は真剣な顔で聞いていたが、こちらが一通り話し終わると、
「
と言い置いて、
しばらく待っていると、再び男がやって来て、
「大納言様は、『ならば一度、その者に
と大納言様の意向を俺に伝え、また屋敷のほうへ向かった。俺はその後を追った。
だが今は、軽い緊張と
そんな俺に、案内してくれている男は、
「大納言様は、
「ええ。それはそうでしょう。私も、
「常ならば、よくよく
そう
「承知いたしました」
と、うなずいた。
おそらく男は、「九護家は簡単に人を中へ入れてくれる、などと思われたらまずいな」と考えたのだろう。
実直で各方面に気を配る仕事ぶりが、
「こちらの部屋だ」
と言われて入った部屋の中には、子供が一人寝かされていた。
熱のせいか、少し顔が赤い。目は開いているが、ぼんやりとしていて、まったく元気がない。そして、乾いた
そばには
ここまで案内してくれた男が彼女たちに、俺を医者だと説明してくれた。その
視線を意識の外に追いやりながら、俺は姫君のかたわらまで行って、
「では、一通りお体を拝見いたしましょう」
そう断ると、体の状態をつぶさに確認した。
目が、耳が、手のひらが
病が反映される
やはり似ている。
「裏手」で診た時の記憶は、決してまだ薄まっていない。同じ病とまで断言していいかは迷うが――。
俺は侍女たちに、姫君の病歴や、普段のお暮らしぶりについて質問した。
さすがに側近くにお仕えしていた方々なだけあって、どの質問にも即座に明確な答えが返ってきた。ありがたいと感じつつ、俺は頭の中で判断を
姫君はまだ幼いし、体質も異なるから、あの時の処方をそのまま用いるわけにはいかない。諸条件を
俺は侍女たちと案内の男に向かって、要望を伝えた。
「お手数をおかけしますが、
男がすぐさま、
「承知した。何という薬だ?」
「紙に書き留めておきましょう。似た名前の薬と混同してはいけないので。ただ……そろそろ日も落ちますから、すでに店も閉まっているかもしれません」
「いや、開けてもらってでも買い求めてくる」
そう
俺が紙に薬の名を記し、男に渡すと、彼はをそれをしっかりと手に持ち、
それと入れ替わるように、部屋にやって来た人物がいた。
「どうだ?
その声に、侍女たちが一斉にはっとした顔をした。
彼女たちが、さっと部屋の入り口のほうに向き直り、姿勢を正したので、俺もそちらを向くと――三十代半ばぐらいと
侍女の一人が、
「殿。今、お医者様に診ていただいたところです」
と言ったのを聞いて、俺は「やはり」と思った。
この方こそが九護家の主――大納言様だ。
俺が平伏していると、大納言様はそばまでいらっしゃり、
「野分を診せてほしいと訪ねてきた医者というのは、そなたか? 四郎がそう申しておったのだが」
「はい。その通りにございます」
俺は顔を上げ、はっきりとそう
姫君の名が「野分」であることは、あらかじめ聞いていた。四郎というのは――おそらく、俺を案内してくれた、あの男のことだろう。
大納言様は、軽く苦笑いし、申し訳なさそうに、
「こちらの様子も気にはなっていたのだが、ちょうど、病気
「そうでしたか。わざわざのお気づかい、かたじけのうございます。本来は、まず私のほうからごあいさつに参らねばならぬのに」
「いやいや。今は何より、野分のことこそが優先ゆえ。……で、さっそくなのだが。そなたから見て、野分の病はどのような具合なのだ?」
俺は姫君にちらりと視線をやってから、
「実際に診てみるとやはり、私が以前に診たことがある病人の症状と、よく似ておりました。その時のことを参考にしつつ、姫君に合わせて薬を処方いたします。今、足りぬ薬を買い求めてきていただいているところですので、少々お待ちください」
と申し上げた。
大納言様はほっとした顔をされ、
「そうか……。その薬が
「
「え?」
「私が書物や
大納言様は意表を突かれたような、ぽかんとした表情をされた。
それから、少し考え込み、
「なるほど……。心のどこかで、病はすべて人によって
「もっとも……と言いますか、そもそも病名など、人が、人の
「ほう?」
「もっと
のどが痛くて咳が出ても「風邪」。鼻水が止まらなくても「風邪」。
しかしこれを、本当に同じ病ととらえていいのか。別の病と見なすべきか――医者も無意識のうちに、
そんな、日頃の仕事の中で俺が感じていたことを申し上げると、大納言様は
「そなたは、よい医者だな」
「え? ……あ! これは、出過ぎたことを申しました」
「いや。
俺は
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