第22話 姫君

 軽谷かるやの里からだと都は、早朝に出立しゅったつして歩き通せば夕方までに着ける、という場所にある。

 近いと言えば近いのだが、すぐそことも言いがたい、微妙びみょうな距離だ。だからこそ、軽谷の人たちはかえって「里に医者がいてくれたら」という気持ちが強くなるのだろう。

 ここからなら、時々都まで足を運んで、新たな知見ちけんを得ることも出来る――軽谷で受け入れてもらえると決まった時から、俺の心の内にはそんな目論もくろみがあった。


 俺は軽谷にやって来る行商や、都に行った経験のある乙名衆おとなしゅうの話から、都に在住している医者に関してもいろいろと情報を得た。

 その中から、みずからの門弟もんてい以外に対しても門戸もんこを開いてくれそうな医者を探し、ふみで連絡を取ってみた。

 こころよく応じてくれたその医者とは、何度か文でのやり取りをし、今回、都へ行くことも伝えてある。


 医者の名は滝浜たきはま槐北かいほくといい、都に着いた俺は、さっそく彼の家を訪ねた。

「よくぞ来てくれた。文を読んで事情はおおよそ把握はあくしているが、あらためて話を聞かせてもらおう」

 そう言ってむかえ入れてくれた槐北は、まだ三十路みそじを少し過ぎたぐらいのはずなのに、立派なひげをたくわえているせいか、妙に貫禄かんろくがあった。

 だが話してみると、えらぶったところが少しもなく、興味深そうにこちらの事情や希望を聞いてくれた。


 その日は槐北の家に泊めてもらい、翌日になると、彼が懇意こんいにしている薬種屋やくしゅやを紹介してもらった。

 さらには、都にいる医者でこの分野ならこの医者が……といった、他の医者の評判から、槐北自身の医術に関する知見まで、様々なことを教わった。

 これまで、文でもいろいろやり取りをしていたが、やはり実際に会って話してみないと分からないことも多い。軽谷に留まっていては得られなかったものがたくさん得られて、俺は強い充実感をおぼえた。

 来てよかったと、心から思う。

 軽谷に戻ったら、今回得たことが生かせるはずだ。早く戻りたいという気持ちすら、わいてくる。


 そうして、満ち足りた一日が終わろうとしていた時。

 槐北と彼の門弟の会話が、耳に入った。

九護家くごけの姫君の病は、まだえるきざしがないご様子だそうです」

「そうか……お気の毒なことだ。私が治療にたずさわっても、おそらく同じ結果になるだろうな」

 そう言って暗い顔でため息をつく槐北に、俺は「九護家の姫君とは?」と聞いてみた。なぜだか、やけに気にかかったのだ。


 槐北はかたい表情で、

大納言だいなごん様のご息女そくじょだ。まだ十一歳でいらっしゃるが、四、五日前から熱病で病のとこいておられて、お食事も口にされない状態との話だ。た医者も『今までに診たことのある病とはどうも違う。後は運を天にまかせるしかない』と言ったらしい」

「どのような症状なのかは、分かりますか?」

 槐北は医者仲間から聞いたという話を教えてくれた。

 高熱、節々ふしぶしの痛み、せきが続いている……と、くわしい症状を聞くうちに、俺の中で何かの符号ふごうが、かちりと合った。

 前に、よく似た症状の病人を診たことがある。「裏手」でだ。


 確かにあれは、似通にかよった病は他にもあるのだが、どれとも微妙に異なっていた。

 とは言え、特殊とくしゅな症状が見られるわけではない。あくまで、他の病でも起こり得るものの組み合わせだ。

 あの時は俺も手探てさぐり状態だったが、症状をしずめられるような薬を処方し、こまめに様子を見ては少しだけ処方を変え……を根気よく続けたら、やがて病は完全に治癒ちゆした。

 同じ方法が通じるかは分からないが――俺は槐北に、九護家の屋敷の場所を訪ねた。

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