第20話 空き家
「
女の名だと思うが、いったい何なのだろう、と思っていると。
「そうか。確かにあれが使えるな」
「誰かの家で世話することばかり考えてたから、
「こういう使い方なら、あの世で田鶴も納得するだろう」
と、みんなが口々に言う。
余計にわけが分からなくなり、甚右衛門のほうを見ると、
「昨年、
という答えが返ってきた。
その女主の名が「田鶴」なのか。
女が家の主となるのは、子供が成長するまでの
「この家も財産も里のために使ってくれ、と言い残して亡くなったから、財産のほうは
「よろしいのですか? 里に残す財産をお持ちだった方なら、家もそれなりに、よい家のはず。それを私のような、まだ何の働きも出来ていない
願ってもない話ではあるものの、あまりに好条件なことに逆に不安がわき、俺が確認すると、
「家は誰も住まずに
と話す者がいた。
そこへ甚右衛門が、
「その『誰か』を決めかねて、ぐずぐずと時を過ごしていたが、これでみんなが思い切れる。納得せん者もいないだろう」
と付け加えた。
俺は責任の重さを感じたが、こんなことで
「ありがとうございます。この
甚右衛門は
「取りあえずこれで、話がまとまったな。やれやれ、一安心だ」
と、
その日は甚右衛門の所に泊めてもらい、
甚右衛門の案内で、「田鶴」が残したという家を訪ねた。
里の中心部からは
家のそばには、大きな
甚右衛門は、入り口の引き戸を開けながら、
「建てられてから十年もたってないから、まだ
「仕事場も兼ねますから、それも
「だが、手入れに手間がかかるのは
昨日も言われた話題に、俺は苦笑しつつ、
「医者の家の生まれと聞いて、
「ならいいが……くれぐれも、変な
家の中に足を
里の人たちが時々風を入れたり、手入れをしたりしているのだろうが、それでもやはり、主のいない家なのが分かる。
甚右衛門は、かまどや
「田鶴は女にしては
本人の死で、とうとう完全に家系が絶えたという。
俺は母親を、ちらりと思い出した。
母親はこまごまと俺の世話を焼いてくれたし、
俺がいなくなったことで、母親がどうしているのか。いくら想像しても、確信の持てる光景は浮かばない。
俺が誰の子なのか、明確に知っているのは母親だけなのだろうけれど――もはや、確かめる機会を自分で捨ててしまった。
確かめる必要もない。親が誰であろうと、俺は俺以外の何者でもない。故郷も名も捨てたのだから、今さら、とらわれても意味はない。
甚右衛門は、俺が空き家を使うことに納得しない者はいないだろう、と言っていたが。
俺が医者として
「そんな
甚右衛門の家にやって来て、激しい剣幕でそう言い立てたのは、捕らえた
甚右衛門は
「おまえとて、
「それとこれとは問題が別です。掟をゆるがせにしていい理由にはならないでしょう。賊が入り込むなんていうことが起きたばかりなのに、あまりに不用心だ。医者を住まわせるなら、もっと身元も人柄も確かな相手を選ぶべきです」
空き家での暮らしを始める
「
「……それが本当だとしたら、なぜ、こんな遠く離れた
「親との折り合いがよくなかったもので。それのみならず、あのままでは私が医者として本当にやりたいことは出来ない――そう気づいたから、家も捨てて、ここまで来たのです」
「それだけの理由で、はるばるここまで来る必要があるか? 何にしても、信頼できる人間から紹介されたわけでもない、不確かな人間なんて、軽々しく受け入れるほうがおかしい。こんなことでは、里を
一向に態度を
「とにかく。燎玄を受け入れるのは乙名衆の決定だ。
梶彦はなおも何か言い返そうとしかけたが、言葉を飲み込んだ。
そして
この時は俺も甚右衛門も、しばらくすれば梶彦の警戒心も少しはやわらぐだろう、と楽観視していた。
まさか、追捕が行われていないことが判明しようとも、一年たとうとも、五年たとうとも、まったく変化しないなどとは、思いも寄らなかった。
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