第19話 受け入れ
奥方は、赤ん坊が目を覚まして泣きだしたので、あやすために庭へ出ている。
乙名衆が集まってくるのを待っている間に、ふと甚右衛門が、
「そう言えば、おまえさんがどこから来たのかすら聞いてなかったな。まあ、私としては、どこでもいいと言えばいいんだが。気にする者もいるだろうからな」
と、何か頭の中で思い
俺は、ためらうことなく、
「
「あんな遠い所からか。ここまで来るだけでも、ずいぶんな長旅だな。……何だか、あと少しで目的地というところを我々が引き止めてしまったような感じも、しなくはないな」
「いえ。最終的な目的地は、ここのような土地だったのですから。……ええと、私が実家を
と俺が言いかけると、甚右衛門は「ああ、それは聞かないでおく」とやめさせて、
「おまえさんが、何か
と、きっぱり告げた。
俺は
「どうぞ。
と、うなずいた。
かえってこれで、
俺を追う気がないと分かれば、その時こそ
甚右衛門は複雑な
「すまんな。おまえさんを疑ってるわけではないが、里を取りまとめる立場上、こればかりは確かめざるを得ん」
と、自分自身に言っているようにも聞こえる口調で
そうこうしているうちに、ぞろぞろと乙名衆の男たちが集まってきた。多くは甚右衛門と同じぐらいの年齢で、最も若く見える者も
その面々を前に、甚右衛門は大まかに事情を説明した。
話が進むにつれて、みんな
「まだ医者がここにいるのを見た時は、てっきり、あれだけの働きをしてくれた礼に、もてなさねばならんから引き留めたんだと思ってたが……まさか、本気でここで医者をやる気か?」
「そのまさかだ。それと、やる気か、じゃない。我々がそれを望んでいるから、やってもらうんだ」
「私は、元々やる気があったからこそ、お引き受けしたのです。望んでいないことだったら、
甚右衛門はちらりと俺を見、
「まあ、そういうことだから、あとは里のみんなが了承するかどうかだ。そのために、こうして集まってもらった」
と言って、
乙名衆たちは、しばし
「確かに、医者がいてくれたらとは、前々から思ってたが……いざ現実にとなると、ここで医者をやって、
「俺らはともかく、金のない奴らは、薬代を
「都会なら、そもそも人が多いから、
と、不安そうな意見が次々に出てきた。俺の隣に座っている甚右衛門も、
なまじっか、軽谷が都から近い所にあって、都会もそれなりに知っている人たちだから、比べてしまうのだろう。
そういう意味での不安なら、俺には無用なのだが――そこからしっかり話さないと、分かってもらえないか。
「医者の仕事だけでなどと、こだわる気はありません。別の仕事を兼ねるぐらいは、覚悟してます。人に読み書きや算術を教えられますし、田畑のお手伝いでも
真っすぐに乙名衆たちを見てそう伝えると、甚右衛門も、
「食う物やら住む所やら、そういう、暮らすのに最低限必要な物なら、我々で支えられるだろう。そして何より、ここにいる者の多くは、
と、
俺たちの言葉に、みんな考え込んでいたが、
「取りあえず……どこまで出来るか分からんが、
と、一人が口にすると、
「急病とかの時にすぐに診てもらえるようになるなら、これほどありがたいことはないしな」
「軽谷でうまく行かなかったら、その時こそ都に行ってもらえばいいか」
「衣食住を我々で支援して……それなら、まあ、どうにかなるだろう」
と、続々と応じる声があがった。
これで受け入れてもらえる、と俺が
「じゃあ、差し当たってはやっぱり、里の誰かの家に身を寄せて……か?」
と、確認する者がいた。
それに対して甚右衛門が、
「そのほうが、食事とかも
と言いかけたところに、俺は
「あの……世話になる身で、あまりあれこれ要求したくはないのですが……医者の仕事をするとなると、薬や道具を置く場所も必要になるのです」
「あ」
甚右衛門は、はっとした顔を浮かべた。完全に、その辺りは考えてなかったのだろう。
さらに俺が、
「そして、こちらから病人を診に行くだけでなく、家でも病人を診ようと思ったら、家の住人が普段の暮らしで使うことのないような部屋が必要になります。そうでないと、治療のために私を訪ねるのを、ためらう人が多くなるでしょうから」
と
「その
と意見する者がいた。
甚右衛門は、腕組みしながら考え込んでいる。どうにかして部屋を確保できないか、
甚右衛門の家には、
実家の七見家では、病人の治療や
もっとも、七見家にいたのは、大半が医術の
あらかじめ伝えておかないと、結局あとで問題が起きてくるから話したが、かと言って「やっぱり無理だな」と思われては、かなわない。
助け舟というわけではないが、俺は、
「ここで診るのはこの日のこの時間、と決めておく方法もありますが……当面は、こちらから病人を診に行く往診の形を主にしましょう」
と提案した。
甚右衛門がそっと息をつきながら、
「今のところは、そうするしかないか……」
と
「一番いいのは、多少
と、
何やら、甚右衛門は真剣な顔で考え込み始めた。
どうしたのかと思っていると、気持ちの高ぶりを
「それなら……
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